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経歴編集

1981年正木一郎という芸名でRVCから「帰ってきたよ」をリリースし、歌手デビュー[2][3]

1984年テイチクから発売された「ホテル」(なかにし礼・作詞、浜圭介・作曲)が80万枚を越える最大のヒット作となったとされる[1]。立花は、この曲で1985年上半期の有線放送大賞最優秀新人賞を受賞した[4]

1985年に20歳年上の五月みどりと結婚、年齢の違いなどが話題となったが、立花の浮気が発覚して2年で離婚に至った[1]五月みどり#結婚歴、参照)。

1988年には、韓国歌謡のカバーを集めたアルバム『立花潤一が歌う韓国メロディー決定盤』をテイチクから出したが、その後はレーベルを移り、センチュリーレコードオリエントレコードからレコードを出した。

再婚を機に1990年代前半から大阪に定住して関西ローカルで活動し、一時期は吉本興業に所属していた[1]2010年ホリデージャパンに移り、芸名を川本一市と改め「人生(ゆめ)八分酒八分」をリリースしたが、依然として「ホテル」のイメージが強く、2012年3月に、元の立花淳一に戻した[1]。近年ではサンテレビジョンの『生×カラ!TV』などに出演している[1]

おもなシングル編集

正木一郎・RVC編集

  • 帰ってきたよ、1981年
  • あなたについて行く、1982年

立花 淳一・テイチク編集

  • ホテル(1984年2月21日、RE-622)
  • 雪桜、1986年

立花 淳一・センチュリー編集

  • 日陰華、1994年

立花 淳一・オリエント編集

  • 俺の花、1998年

川本一市・ホリデージャパン編集

  • 人生(ゆめ)八分酒八分、2010年

出典・脚注編集

  1. ^ a b c d e f “【あの人は今こうしている】20歳年上の五月みどりさんとの電撃結婚が印象深い立花淳一さん”. 日刊ゲンダイ. (2012年5月7日). http://gendai.net/articles/view/geino/136435 2013年10月16日閲覧。 
  2. ^ 第12回「日本歌謡大賞新人祭り」(1981年度大会)”. CHE​RRY★CREEK. 2013年10月22日閲覧。
  3. ^ 愛川公笙プロフィール”. トオルフォンミュージック. 2013年10月22日閲覧。
  4. ^ “俺ら「有線放送大賞だ」 吉幾三 上半期グランプリ 受賞”. 朝日新聞・東京夕刊. (1985年7月17日page=11)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧

外部リンク編集