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立花美年子

日本の皇族、北白川宮成久王の第一王女

立花 美年子(たちばな みねこ、1911年明治44年)5月6日 - 1970年昭和45年)4月10日)は日本の元皇族北白川宮成久王第一王女。 立花種勝夫人。旧名は美年子女王

美年子女王
HIH Kitashirakawa Mineko.jpg
1920年代
続柄 北白川宮成久王第一王女
身位 女王臣籍降下
敬称 殿下→臣籍降下
出生 1911年5月6日
日本の旗 日本 東京府東京市芝区
(現:東京都港区高輪)北白川宮邸
死去 (1970-04-10) 1970年4月10日(58歳没)
配偶者 立花種勝
父親 北白川宮成久王
母親 成久王妃房子内親王
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妹の佐和子女王(左)と

目次

人物編集

1911年(明治44年)5月6日、北白川宮成久王とその妃で明治天皇の第七皇女である周宮房子内親王との間に第一王女として生まれた。

学生時代の学習院初等科から女子学習院(現在の学習院女子中・高等科)においては、高松宮喜久子妃と同級で仲が良かったという。

高松宮妃や周囲からは「みね様」と呼ばれていた。

当初、蜂須賀正氏(侯爵・蜂須賀正韶の嫡男)との婚約が内定していたが、のちに破談。

1933年(昭和8年)1月17日立花種勝(子爵・立花種忠の嫡男)のもとに降嫁した。

栄典編集

血縁編集

夫・種勝との間に2男1女がいる。

脚注編集

  1. ^ 『官報』第849号、「叙任及辞令」1929年10月28日。p.672
  2. ^ 『官報』第1810号、「叙任及辞令」1933年01月14日。p.253

外部リンク編集

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