竹久みち

竹久 みち(たけひさ みち、1930年昭和5年) - 2009年平成21年)7月24日)とは、服飾デザイナー。本名は小島 美知子(こじま みちこ)。ペンネームの「竹久」は竹久夢二にあやかって命名したものである。

概説編集

旧制共立女子専門学校生活科(現:共立女子大学)を卒業した後、1957年(昭和32年)文化学院デザイン科を卒業。

文化学院在学中から、銀座で「ヌーベル・アクセサリー研究所」を主宰。上野松坂屋、銀座松坂屋などと取引。TV各局に出演し、アクセサリーについて語る。アクセサリー研究所は、改称、転居を経て、1960年(昭和35年)からは、六本木で「竹久みちアクセサリーデザインスクール」として、国内初のアクセサリーデザイナーの養成を始める。これは、のちに「竹久みちアクセサリー学院」と改称するも、1983年(昭和58年)に閉鎖。

1982年(昭和57年)、「三越事件」が起き、彼女が「三越の女帝」として当時の三越岡田茂社長から不当に利益供与を受けていたことが判明し、特別背任罪で岡田社長と伴に逮捕されたことで、その多くを失う。

その後は、クィーンズオーキッド株式会社を設立し、代官山の自社ビルでアートフラワーの販売を続けた。特別背任罪と所得税法違反で起訴され、最高裁判所まで争うが、1997年(平成9年)10月に最高裁で上告が棄却され、懲役2年6月、罰金6000万円の実刑判決が確定、栃木刑務所収監された。2009年(平成21年)7月24日午後1時頃に、東京都内の病院にて死去。79歳没。晩年の2008年(平成20年)12月動脈瘤を患っていた[1]

著書編集

  • アクセサリー教室 : 作り方技術のすべて 竹久みち 著 鎌倉書房 1965
  • アクセサリー 竹久みち 著 保育社 1967 (カラーブックス)
  • ふりむかない私 : "女帝"といわれた私の真実 竹久みち 著 講談社 1985
  • 『報道被害 11人の告発』(1991年創出版) - 共著・編著
著者 : 山際永三池田理代子・桐生裕子・竹久みち・中西ミツ子・佐川一政八尾恵・草野光子・米原ゆり・三浦和義・神戸エイズ被害者
  • 罪名女 : もうひとつの「三越事件」 竹久みち 著 ごま書房 2004

脚注編集