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浴徳泉の図(『茨城常盤公園攬勝図誌』松平俊雄 著
明治時代の笠原水道水源の景色

笠原水道(かさはらすいどう)とはかつて水戸城下であった現在の茨城県水戸市において飲料水を供給していた上水道とその水源地(笠原水源)。

歴史編集

1662年、この水道は用水の便が悪かった水戸の町の飲料水確保のため、徳川光圀が町奉行の望月恒隆に設置を命じた[1]。水道設置の調査を行った平賀保秀により笠原が水道の水源として選ばれ、永田勘衛門により工事が行われた[1]。永田は岩樋(いわひ)と銅樋(どうひ)を用いた暗渠により全長約10kmの水道を敷設した[1][2]。1663年、この水道は完成した[1]

1802年(享和2年)には大規模な修理が行われ、1826年(文政9年)には『浴徳泉の碑』が笠原水道を記念して設置された[3]。明治時代には竜頭共用栓が水戸の町角に数十基設置され、多くの人に利用された[2]

2016年現在、水源地である笠原水源には竜頭共用栓が復元されて設置されており、湧き水に塩素が注入された水道水を吐水している[4]。また、ここには敷設当時の岩樋の復元模型が設置されている[5]。水道が通っていたあたりは現在逆川緑地公園になっており,同公園内に発掘調査で出土した岩樋が展示されている。

史跡編集

笠原水道は日本国内で18番目に古い上水道であった[5]。この水道は1938年(昭和13年)3月11日に茨城県県指定文化財に指定された[1]

脚注編集

  1. ^ a b c d e 教育委員会
  2. ^ a b 商工会議所
  3. ^ 水戸市、水戸の水道の歴史について
  4. ^ 水戸市
  5. ^ a b 観光協会

出典編集

関連項目編集