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笠間市

日本の茨城県の市

笠間市(かさまし)は関東地方の北東部、茨城県中部の県央地域に位置するである。

かさまし
笠間市
Haiden of Kasama Inari Shrine01.jpg
笠間稲荷神社
市庁舎位置
Flag of Kasama Ibaraki.JPG Kasama Ibaraki chapter.JPG
笠間市旗 笠間市章
2006年3月19日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
市町村コード 08216-3
法人番号 4000020082163
面積 240.40km2
総人口 74,334[編集]
推計人口、2019年10月1日)
人口密度 309人/km2
隣接自治体 水戸市石岡市桜川市小美玉市東茨城郡茨城町城里町
栃木県芳賀郡茂木町
市の木 さくら
市の花 きく
市の鳥 うぐいす
笠間市役所
市長 山口伸樹
所在地 309-1792
茨城県笠間市中央3丁目2番1号
北緯36度20分42.6秒東経140度18分15.5秒
笠間市役所本庁舎
外部リンク 公式ウェブサイト

笠間市位置図

― 市 / ― 町・村

特記事項 ここでのデータは新制の物。旧制のデータは本文中を参照。
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1986年(昭和61年)撮影の笠間市中心部周辺の空中写真。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

古くから日本三大稲荷に数えられる笠間稲荷神社鳥居前町として、また笠間城の城下町として栄えてきた。最近では笠間焼の生産地として知られ、春や秋に行われる陶器市の時期には、多くの観光客で賑わう。

2006年3月19日に笠間市(旧制)、旧西茨城郡友部町岩間町)の1市2町が新設合併し、新制の笠間市として発足した。新笠間市の市庁舎は旧笠間市より人口が多く、地理的にも中央に位置する旧友部町に本庁舎が置かれている。

地理編集

茨城県の中部に位置し、北西部に八溝山系が穏やかに連なる丘陵地帯で、西部には吾国山南西部には愛宕山が位置する。北西部から東南部にかけては概ね平坦な台地が広がり、中央を涸沼川が北西部から東部にかけ貫流する。

隣接する自治体編集

旧笠間市のデータ編集

笠間市
 
笠間焼の大壺
旧・笠間市旗旧・笠間市章
1958年制定
廃止日 2006年3月19日
廃止理由 新設合併
笠間市(旧)、友部町岩間町
→ 笠間市(新)
現在の自治体 笠間市(新)
廃止時点のデータ
  日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
団体コード 06203-1
面積 131.61km2
総人口 29,617
推計人口、2006年3月1日)
隣接自治体 桜川市水戸市城里町友部町岩間町
栃木県芳賀郡茂木町
市の木 カシワ
市の花 キク
市の鳥 メジロ
笠間市役所
所在地

309-1698
茨城県笠間市石井717番地

 
笠間市役所笠間支所(旧笠間市役所本庁舎)
座標 北緯36度23分8.6秒
東経140度14分14.7秒
 
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合併前の笠間市(笠間市)のデータは右記の通りとなっている。合併後の笠間市(笠間市)は新設合併で発足した自治体であり、これに伴って旧笠間市は廃止されている。

旧制の笠間市役所本庁舎は、新制では笠間市役所笠間支所となっている。

人口編集

 
笠間市と全国の年齢別人口分布(2005年) 笠間市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 笠間市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
 

笠間市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


歴史編集

おもな出来事編集

行政区域変遷編集

※細かい境界の変遷は省略。

  • 変遷の年表
笠間市市域の変遷(年表)
月日 現笠間市市域に関連する行政区域変遷
1889年(明治22年) 4月1日 町村制施行に伴い、以下の町村がそれぞれ発足。[2][3][4]
  • 旧笠間市
    • 西茨城郡
      • 笠間町 ← 笠間町・下市毛村・石井村・日草場村
      • 大池田村 ← 大橋村・池野辺村・福田村・飯田村
      • 北山内村 ← 箱田村・片庭村・大淵村・寺崎村・日沢村・大郷戸村・石寺村
      • 南山内村 ← 上加賀田村・手越村・南吉原村・北吉原村・来栖村・本戸村
      • 西山内村 ← 福原村・飯合村・稲田村
  • 友部町
    • 西茨城郡
      • 宍戸町 ← 鴻巣村・南友部村・太田町村・平町村・矢野下村・大古山村・南小泉村
      • 北川根村 ← 住吉村・湯崎村・長兎路村・仁古田村・随分附村・柏井村
      • 大原村 ← 小原村・上市原村・中市原村・下市原村
    • 東茨城郡
      • 鯉淵村 ← 鯉淵村・下野新田・五平村・高田村
  • 岩間町
    • 西茨城郡
      • 岩間村 ← 岩間上郷村・岩間下郷村・吉岡新田・市野谷村・泉村・福島新田
      • 南川根村 ← 押辺村・安居村・土師村
1923年(大正12年) 3月1日 岩間村は町制施行し岩間町になる。
1954年(昭和29年) 8月15日 西山内村は改称・町制施行し稲田町になる。
11月23日 岩間町と南川根村が合併し岩間町が発足。
1955年(昭和30年) 1月15日 宍戸町・大原村・北川根村が合併し友部町が発足。
2月11日 西茨城郡大池田村・北山内村・南山内村と合併し、(新)笠間町となる。
2月15日 西茨城郡稲田町を編入。
3月31日 鯉淵村の一部(鯉淵・五平の一部)を編入。
8月1日 市制施行で笠間市(旧制)となる。
2006年(平成18年) 3月19日 旧笠間市、友部町岩間町が合併し、新制の笠間市が発足。
  • 変遷表

合併の経緯編集

2002年ごろいわゆる平成の大合併に伴い旧笠間市、友部町、岩間町で合併協議会を設置。しかし、新しい市の名前について、笠間稲荷神社や笠間焼などの伝統から「笠間」の名前を残したい笠間市と新しく公募を希望する友部町との協議が決裂し笠間市が協議会より離脱する。その後友部町と岩間町で協議を進めるが、編入合併を主張する友部町と新設合併を主張する岩間町で協議が決裂し一旦白紙に戻る。

2004年後半になり改めて合併協議会を設置。その結果、市の名前は笠間市、市役所は旧友部町役場(笠間、岩間は支所となる)、合併方法は新設合併とそれぞれの希望が通るような折衷案がまとまり2005年3月に合併が正式決定。翌2006年に正式に新笠間市が発足した。

行政編集

市長編集

市役所支所編集

2006年3月19日の合併に伴い、旧友部町役場に市役所本庁舎が置かれ、旧笠間市役所と旧岩間町役場は市役所支所となった。 その後、東日本大震災により笠間支所が被災し使用不可となったため、同地に仮庁舎を建てていたが、2014年3月24日に旧法務局笠間出張所跡地に庁舎を移転した。

  • 笠間市役所 本所
    • 〒309-1792 茨城県笠間市中央三丁目2番1号
  • 笠間支所
    • 〒309-1698 茨城県笠間市笠間1532番地
  • 岩間支所(市民センターいわま)
    • 〒319-0294 茨城県笠間市下郷5140番地

市議会編集

  • 議長:海老澤 勝
  • 副議長:石松 俊雄
  • 定数:22
  • 会派(議席):笠間市政の会(6)・政研会(5)・自民クラブ(4)・公明党(2)・日本共産党(2)・無所属(3)

公的施設編集

経済編集

産業編集

友部地区
笠間地区
  • 大化工業 関東工場
  • 関東セキスイ工業 本社工場
  • 潤工社 笠間オペレイションズセンター
  • ベスパック 関東工場
岩間地区
  • INS(株)岩間センター (旧イトキン岩間工場、現在はイトキンと浪速運送との共同出資物流会社) 
  • イチカワ 岩間工場
  • キヤノン化成 岩間工場
  • 金陽社 岩間工場
  • 不二製油 関東工場
  • 日綜産業 岩間工場 
  • 三栄プラスチックス 茨城工場 

特産品編集

姉妹都市・提携都市編集

日本国内編集

姉妹都市

鎌倉時代に笠間城を築き上げた笠間時朝と、当時矢板城主であった塩谷朝業が親子であったことが縁で、昭和55年7月23日に締結。

赤穂浪士の討ち入りで知られる浅野氏は、赤穂転封の前は笠間藩の藩主をしていた。その縁から、昭和55年11月7日に締結。

友好都市

主な学校編集

高等学校編集

義務教育学校編集

  • 笠間市立みなみ学園義務教育学校(市立南小学校、南中学校を小中一貫教育に移行)

中学校編集

  • 笠間市立笠間中学校
  • 笠間市立稲田中学校
  • 笠間市立友部中学校
  • 笠間市立友部第二中学校
  • 笠間市立岩間中学校

小学校編集

電気編集

笠間市にはかつて電灯・電力供給会社があった。1910年(明治43年)に笠間電灯所が設立・開業し[6]、1912年(明治45年)に笠間電気株式会社が設立・開業した[7]

交通編集

鉄道編集

バス編集

道路編集

高速道路
一般国道
県道
主要地方道
一般県道

観光編集

主な観光地は、旧笠間市に点在している。これは笠間地区が元々笠間稲荷神社の門前町として、また笠間焼の生産地として発展してきた経緯があり、古くから観光に力を入れてきたことによる。

観光名所編集

 
笠間つつじ公園
 
常陸国出雲大社
旧笠間市
旧友部町
旧岩間町

イベント編集

旧笠間市
  • 初詣(笠間稲荷神社、出雲大社常陸分社) 1月1日
  • つつじまつり(つつじ公園) 4月中旬~5月上旬
  • 陶炎祭(笠間芸術の森公園) 5月上旬
  • 祇園祭(八坂神社) 8月上旬
  • 笠間のまつり(市内中心部) 8月下旬
  • 笠間菊祭り(笠間稲荷神社) 10月中旬~11月下旬
  • 匠のまつり・ストーンフェスティバル(笠間芸術の森公園) 11月上旬
旧岩間町

笠間市ゆかりの有名人・芸能人編集

笠間市ゆかりの架空の人物編集

その他編集

合併に伴う市議会の自主解散編集

2006年平成18年)11月17日、笠間市議会は合併の在任特例により膨らんだ議会の県内初である自主解散を全会一致で可決した。これは市民団体「笠間市をよくする会」の活動によるものである。

  • 6月26日 旧友部地区の住人を中心とした市民団体「笠間市をよくする会」が結成され、在任特例を適用した議会の解散運動を開始。市全域の住人に理解を求めるチラシを配布。
  • 7月19日 議会の自主解散と議員定数削減を求め市議会に要望書を提出。
  • 7月28日 市議会は「法定協の決定を尊重する」として市民団体の要望を拒否する回答を出した。
  • 8月1日 市民団体は議会の回答を不服として議会解散の直接請求に向け署名運動を開始。
  • 9月4日 約1760人の署名を添え議員定数を30から25に削減する条例案を直接請求。
  • 9月5日 市民団体は議会解散の審議に必要な直接有権者の3分の1を超える署名簿を市選管に提出。
  • 9月8日 市民団体の請求に基づき市長は定数削減の条例案を市議会に提案。議会側は調査特別委を設置。
  • 10月11日 市民団体が約26600人の署名を添え議会解散を本請求。
  • 10月20日 議会側は全協で自主解散と定数を30より28に削減することで合意。
  • 11月6日 市議会の在任特例を巡り議会解散の是非を問う住民投票が告示される。
  • 11月17日 議会は住民投票の結果を待たず県内初の自主解散を全会一致で可決。
  • 12月24日 定数28で出直し市議選の投開票が行われた。
    平成の大合併による在任特例で膨らんだ市議会は全国的にも数多く、財政的に危険な自治体で在任特例を採用することは議員に支払う給与が結果的に拡大し「結局合併した意味がなくなってしまう」という指摘がある。反面「それは経過措置で、その時期が過ぎれば経費節減になるのだから決して無意味ではない」という反論も存在する。
    実際、茨城県では平成の大合併により誕生した常陸大宮市常陸太田市城里町桜川市では住民により議会の解散を請求され、住民投票に追い込まれたのちに全て9割前後の賛成でいずれの議会も解散した。
    新笠間市議会ではそのような前例を踏まえ、議会運営委員長の言葉を借りると
    「議員の職務を全うすることが基本だが、住民投票の結果を待つことなく自主的に解散することが住民の負託に対する最大限の配慮」としている。
    注:合併時は53人であったが1人は市長選に絡んだ飲食資金の提供による辞職、4人は議会解散に絡む自主辞職と思われる。
    同様の例は全国的にも珍しく、山梨県南アルプス市愛媛県四国中央市等で行われた。

脚注編集

  1. ^ 図典 日本の市町村章 p56
  2. ^ 笠間市史編さん委員会編『笠間市史』、笠間市、1998年より
  3. ^ 友部町史編さん委員会編『友部町史』、友部町、1990年より
  4. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 8 茨城県』、角川書店、1983年 ISBN 4040010809より
  5. ^ 最新版日本の地理5『関東地方』15頁
  6. ^ 笠間市史編さん委員会(編)『笠間市史 下巻』笠間市、1998年、136頁。
  7. ^ 笠間市史編さん委員会(編)『笠間市史 下巻』笠間市、1998年、138頁。
  8. ^ 笠間八坂神社祇園祭(笠間市)
  9. ^ yaokami
  10. ^ 笠間市yaokami
  11. ^ [1][2]
  12. ^ yaokami
  13. ^ 「坂本九の定宿」新たな歩み/茨城・笠間 震災で廃業、歴史交流館に『読売新聞』朝刊2018年4月2日

関連項目編集

外部リンク編集