第三十四号哨戒特務艇[注釈 3](だいさんじゅうよんごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の未成特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の16番艇。

第三十四号哨戒特務艇
船台上の第三十四号哨戒特務艇 (1947年頃、船矢造船鉄工所)
船台上の第三十四号哨戒特務艇
(1947年頃、船矢造船鉄工所)
基本情報
建造所 船矢造船鉄工所[注釈 1]
運用者  大日本帝国海軍
艦種 特務艇
級名 第一号型哨戒特務艇
建造費 1,307,000円(予算成立時の価格)
艦歴
計画 マル戦計画
起工 1944年10月26日
最期 1945年8月17日船体工程80%で工事中止[注釈 2]
その後 1947年11月22日漁船改造許可
要目(計画時)
基準排水量 238トン
水線長 28.50m
水線幅 6.14m
吃水 2.35m
機関 400型中速ディーゼル1基、1軸
出力 400bhp
速力 9.0ノット
燃料 重油26トン
航続距離 8ノットで4,000カイリ
乗員 34名
兵装 25mm機銃 連装1基、単装2基
爆雷12個
搭載艇 短艇1隻
レーダー 13号電探1基
ソナー 三式水中探信儀1基
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艇歴編集

マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の34番艇、仮称艦名第2154号艦として計画。1944年10月26日、株式会社船矢造船鉄工所[注釈 1]で起工。1945年5月5日、第三十四号哨戒特務艇と命名されて第一号型哨戒特務艇の16番艇に定められ、本籍を横須賀鎮守府と仮定。

終戦時未成。8月17日、工事中止が発令され船体工程80%で工事中止[注釈 2]

1947年2月1日、行動不能艦艇(特)に定められる。2月1日現在、船体は函館市の船矢造船鉄工所にあり、大湊地方復員局の依頼により同社が船体を管理中。4月14日、船体の一時使用許可が出され、16日に北海道庁へ引渡し。10月7日、中内某[注釈 4]へ引き渡された。11月22日、在東京アメリカ極東海軍司令部から、本船の漁船への改造許可が出された。その後の消息は詳らかではない。

脚注編集

注釈
  1. ^ a b 昭和20年5月5日付 達第97号の表記に従う。株式会社船矢造船所は、1942年に社号を株式会社船矢造船鉄工所に改称しており、1945年5月5日時点で船矢造船所の社号は存在しない。
  2. ^ a b 進捗率は福井静夫『昭和軍艦概史III』 p. 66によるが、同ページには「ごく大体のもの」と注意書きが添えられている。
  3. ^ 本来の艇名表記は第三十四號哨戒特務艇。
  4. ^ 個人名のため姓のみ記す。第38号哨戒特務艇の受領者と同一人物である。
脚注

参考文献編集

  • 海軍省復員庁
    • 昭和20年5月5日付 達第97号、内令第381号、内令第389号。
    • 昭和22年2月1日付 復員庁第二復員局総務部 二復総第49号。
    • 昭和22年4月10日付 大湊管船部 大湊管第3号。
    • 昭和22年8月1日付 横須賀地方復員局大湊管船部 大湊管113号、大湊管第114号。
    • 昭和22年9月1日付 横須賀地方復員局大湊管船部 大湊管136号。
    • 昭和22年10月1日付 横須賀地方復員局大湊管船部 大湊管161号。
    • 昭和22年11月1日付 横須賀地方復員局大湊管船部 大湊管189号。
  • 在東京アメリカ極東海軍司令部
    • 1947年11月22日付 残存舊日本海軍行動不能艦艇(第二復員局保管)ニ關スル件。
      • (a) 解撤スベキ艦船ノリスト。
      • (b) 民需用トシテ内務省ヘ引渡スベキ艦艇ノリスト。
  • 世界の艦船 No. 507 増刊第45集 『日本海軍護衛艦艇史』、海人社、1996年。
  • 『函館市史 通説編第3巻』、函館市、1997年。
  • 福井静夫 『昭和軍艦概史III 終戦と帝国艦艇 -わが海軍の終焉と艦艇の帰趨-』、出版共同社、1961年。
  • 防衛研修所戦史室 戦史叢書 第88巻 『海軍軍戦備(2) -開戦以後-』、朝雲新聞社、1975年。
  • 丸スペシャル No. 49 日本海軍艦艇シリーズ 『駆潜艇・哨戒艇』、潮書房、1981年。