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笹原 正三(ささはら しょうぞう、1929年7月28日 - )は、山形県山形市出身の元アマチュアレスリング選手。

笹原 正三 Wrestling pictogram.svg
Sasahara Shozo and Nikolai Muzashvili.JPG
1954年レスリング世界選手権での対ニコライ・ムザシヴィリ (ru) 戦にて(上が笹原)
個人情報
フルネーム ささはら しょうぞう
国籍 日本の旗 日本
生誕 (1929-07-28) 1929年7月28日(89歳)
日本の旗 日本
山形県山形市
スポーツ
競技 レスリング
種目 フリースタイル 62kg級

目次

来歴編集

中央大学でレスリングを始め、1956年メルボルンオリンピック日本選手団の旗手を務め、レスリング競技(フリースタイル・フェザー級)で金メダルを獲得、得意技は「またさき」であった。東京オリンピックではフリースタイルのコーチを務めた。

国際レスリング連盟副会長、JOC副会長、1995年夏季ユニバーシアード団長[1]シドニーオリンピック日本選手団副団長などを歴任し、1989年から2003年まで日本レスリング協会会長に就いた。2006年には国際レスリング連盟殿堂に表彰された。

日本オリンピアンズ協会の副会長も務めている。

レスリング以外での事跡としては1980年バウンドテニスを考案し、翌年日本バウンドテニス協会を設立、初代理事長に就任した(1989年に会長)。

2018年10月、笹原の母校の山形市立商業高等学校にメルボルンオリンピックの金メダルが寄贈された[2]。このときの報道では、約4年前に脳梗塞を発症して歩行や会話が困難になっていることも明らかにされた[2]

戦歴編集

賞(章)歴編集

脚注編集

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  1. ^ 過去の成績(夏季)”. 日本オリンピック委員会. 2010年3月7日閲覧。
  2. ^ a b “五輪の金メダル レスリング笹原さん母校に寄贈”. 朝日新聞. (2018年10月4日). https://www.asahi.com/articles/ASLB26QL7LB2UZHB010.html 2019年2月2日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集