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米沢市立病院

米沢市立病院(よねざわしりつびょういん)は、山形県米沢市にある医療機関。病院の理念は、「地域医療への貢献、安心できる医療、良質で公正な医療」[1]

Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 米沢市立病院
Yonezawa City Hosptal 1.jpg
情報
英語名称 YONEZAWA CITY HOSPITAL
標榜診療科 #診療科参照
許可病床数

322床


一般病床:322床
職員数 555人(2017年4月1日現在)
開設者 中川勝(米沢市長)
管理者 渡邉孝男(病院事業管理者兼院長)
開設年月日 1938年6月
所在地
992-8502
山形県米沢市相生町6番36号
PJ 医療機関
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目次

概要編集

1937年10月に設立の認可を得て翌年6月開院する。1958年4月に山形県厚生連(同年3月解散を決議)が経営していた置賜総合病院を買収し、米沢市立総合病院として発足した。同病院は老朽化が進んでいたことから相生町に新病院を建設することとなり、1965年5月に新病院が竣工、翌月の開院にあわせ米沢市立病院に改称した[2]

1985年2月、総事業費約62億1千万円を投じた中央診療棟本館の新築および旧館棟の全面改修工事が竣工した[2]

2012年11月、米沢市立病院は「市立病院の在り方に関する検討委員会」を設置し、施設の老朽化が目立ってきた病院の建て替えの検討に入り、現在地での建て替えか市南部や東部への新築移転の可能性を探ってきた。そのような中、2015年に入り米沢駅周辺の住民から駅前商店街活性化のため市立病院を誘致する動きが生まれ、住民が候補地である駅前の一角を所有する会社に病院の移転を打診したところ、市民の役に立てるならとの前向きな回答があり、市立病院も駅前移転に向け準備に入った[3]

しかし、山形大学医学部精神科医局から医師3人の派遣を受け診察を行っていた市立病院精神科が、医師2人の退職によって、代わりの要員が見つからないため、2016年3月末で休止することになった[4]。これまでの累積欠損金が88億円に達している市立病院にとって、精神科休止による診療報酬など約6億円の減収は大きな負担となるため、市立病院の駅前新築移転計画は白紙となった[3]

その後、米沢市から日本精神科病院協会山形県支部に対し市立病院精神科の再編に関し協力が要請され、2016年4月、南陽市に本拠に置き県内で精神科病院などを運営する社会医療法人公徳会が応じる意向が明らかとなり[5]、同年7月25日の市議会臨時会において「米沢オフィス・アルカディア」内の1.32ヘクタールの市有地を新病院建設地として、公徳会に1億4376万円で売却する議案が了承された[6]。これを受け、病院建設が着工され、2017年6月1日に市立病院精神科と佐藤病院(南陽市)の病床を再編統合した「米沢こころの病院」が開院した。

2017年1月18日、米沢市は同市内の民間病院である三友堂病院(中央6丁目)と米沢市立病院を再編統合に関する「市医療連携あり方検討委員会」の初会合を開き、委員長に嘉山孝正山形大学医学部参与を選出した。また同年1月23日の記者会見で中川勝米沢市長が同年4月からの改正医療法において、複数の医療機関を持株会社型で運営できる「地域医療連携推進法人」の設立が可能となった状況を踏まえ、経営難となっている両病院を地域医療連携推進法人の下で統合を目指すことで合意したことを明らかにし、検討委員会において1年をめどに統合の形態を決め、その後、病院の建て替えについて協議をしたいとの意向を示した[7][8]

同年11月7日、検討委員会は市立病院を地方独立行政法人(地域医療連携推進法人)化した上で、救急医療を担う急性期医療中心の病院に再編する意見書をまとめた。また、三友堂病院については回復期医療を中心とする病院にし、老朽化が進んでいる両病院については2023年度までに同時に新規開院できるように進めるとしている。これを受け、市は意見書について市議会で説明し、独立行政法人化に必要な議案などを提案していくと報じられている[9]

そして、2018年2月8日に開催の市議会市政協議会において、市は現在地である相生町を前提に整備計画を検討する考えを示し[10]、また同年5月26日に開催の市議会全員協議会において市は、三友堂病院も市立病院と同じ敷地内に移転新築する新病院の整備方針を示した[11]。市は2023年度までの同時開院を目指しており、三友堂病院と共同で7月中旬までにコンサルタントと契約し、本年度中に基本計画を策定する予定である[12]

年表編集

  • 1937年(昭和12年)10月 - 設立認可。
  • 1938年(昭和13年)6月 - 内科、外科、耳鼻科、物療科の53床で開院。
  • 1958年(昭和33年) 4月1日 - 米沢市立総合病院として発足。
  • 1965年(昭和40年)
    • 5月 - 現在地の相生町に新病院竣工。
    • 6月5日 - 米沢市立病院に改称。
  • 1982年(昭和57年) 9月 - 病院増改築工事着工。
  • 1985年(昭和60年) 2月 - 本館棟竣工。
  • 2000年(平成12年) 5月15日 - 日本医療機能評価機構の認定を受ける。
  • 2013年(平成25年)10月 - 参議院議員を3期務めた渡邉孝男が院長に就任。
  • 2016年(平成28年)8月 - 精神科病棟廃止。
  • 2017年(平成29年)6月1日 - 精神科と佐藤病院の病床を再編統合した「米沢こころの病院」が開院。

診療科編集

アクセス編集

周辺編集

脚注編集

  1. ^ 米沢市立病院 病院紹介
  2. ^ a b 『米沢市史 第5巻 (現代編) 』p.725
  3. ^ a b 「米沢市立病院 駅前移転白紙 精神科閉鎖で減収見込み 計画練り直し」『読売新聞』山形版 2016年2月10日
  4. ^ 「米沢市立病院 来月で精神科閉鎖 常勤医確保できず」『毎日新聞』山形版 2016年2月5日
  5. ^ 「米沢市立病院 精神科 再編に向け協議 南陽 公徳会応じる意向」『読売新聞』山形版 2016年4月21日
  6. ^ 「米沢市 新病院建設へ市有地売却 市議会が了承 来年6月開院見通し」『読売新聞』山形版 2016年7月26日
  7. ^ 「米沢2病院 法人設立へ 市立と三友堂、効率化で統合検討」『毎日新聞』山形版 2017年1月24日
  8. ^ “地方独立行政法人の病院創設へ協議 米沢市、実現可否を年内結論”. 山形新聞. (2017年1月25日). http://yamagata-np.jp/news/201701/25/kj_2017012500634.php 2017年5月1日閲覧。 
  9. ^ 「米沢市立病院再編 急性期医療中心に 法人化など提言 市検討委」『朝日新聞』山形版 2017年11月9日
  10. ^ “米沢市立病院、現在地を前提に建て替え検討”. 山形新聞. (2018年2月9日). http://yamagata-np.jp/news/201802/09/kj_2018020900210.php 2018年3月1日閲覧。 
  11. ^ “三友堂も米沢市立病院敷地に移転”. 山形新聞. (2018年5月26日). http://yamagata-np.jp/news/201805/26/kj_2018052600546.php 2018年6月13日閲覧。 
  12. ^ “米沢市立病院建て替え「大枠理解得た」 市議会に再説明”. 山形新聞. (2018年6月6日). http://yamagata-np.jp/news/201806/06/kj_2018060600117.php 2018年6月13日閲覧。 
  13. ^ 米沢市立病院

参考文献編集

  • 米沢市史編さん委員会編『米沢市史 第5巻 (現代編) 』 米沢市、1996年。

外部リンク編集