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粕壁町(かすかべまち)は、埼玉県南埼玉郡に存在した。 江戸時代にて、日光街道・奥州街道の宿場町であった粕壁宿が発展した。日光街道・奥州街道の宿場町については粕壁宿を参照。 明治22年(1889年)4月1日に、町村制施行により、粕壁宿が単独町制となる。1944年南埼玉郡粕壁町と同郡内牧村が合併した際に南埼玉郡春日部町とし、表記を改めた。 現在の埼玉県春日部市にあたる。

粕壁町
廃止日 1944年4月1日
廃止理由 新設合併
粕壁町内牧村春日部町
現在の自治体 春日部市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
南埼玉郡
総人口 8,179
1940年
隣接自治体 南埼玉郡内牧村、豊春村武里村
北葛飾郡豊野村幸松村
粕壁町役場
所在地 埼玉県南埼玉郡粕壁町大字粕壁[疑問点]
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粕壁
粕壁の位置(埼玉県内)
粕壁
粕壁
粕壁の位置
北緯35度58分49.7秒 東経139度45分09.65秒 / 北緯35.980472度 東経139.7526806度 / 35.980472; 139.7526806
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Saitama Prefecture.svg 埼玉県
市町村 Flag of Kasukabe, Saitama.svg 春日部市
人口
2017年(平成29年)10月1日現在)[1]
 • 合計 5,707人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
344-0061[2]
市外局番 048[3]
ナンバープレート 春日部

目次

地理編集

歴史編集

中世編集

「かすかべ」の表記は何度か変更されている。南北朝時代14世紀)、新田義貞の家臣春日部氏が当地を領地としたことから「春日部」の地名が生まれたとされる。

近世編集

その後江戸時代正保年間(1645年頃)には糟壁糟ヶ辺という表記が交互で使われており元禄年間(1700年頃)に粕壁糟壁と記す漢字表記が明治初期あたりまで交互に使われていた。高橋至時伊能忠敬らによる大日本沿海輿地全図では粕壁と記されている。

詳細は粕壁宿を参照。

近代編集

明治期大区小区制を施行してから粕壁という漢字表記に統一したものと思われる。東武鉄道の春日部駅も開業時から1949年まで粕壁駅という漢字表記で使われていた。

沿革編集

 
粕壁宿
 
粕壁一丁目

廃止後編集

春日部市の中心市街地にあたる。市の公共施設群(市役所・図書館・市立病院等)がある。住居表示実施地域の粕壁一丁目から四丁目と、未実施地域の粕壁が置かれる。

近年の急速な都市化でかつての宿場町としての面影は薄くなっているが、当時からの商家もいくつか残っている。 春日部駅は「春日部市粕壁1丁目」にある。なお、「春日部市春日部」と漢字表記する地名は存在しない。 公共施設の表記は「粕壁」となっている。

粕壁といわれた地域は現在の一ノ割の一部から中央1 - 8丁目、南1 - 3丁目の一部、粕壁1 - 4丁目、粕壁東1 - 6丁目、緑町6丁目、緑町2丁目。 南埼玉郡粕壁町の時代(1944年以前)は上記に掲げた地域が粕壁町の区域。 上記の字名は新宿、八木崎、内出、内谷、金山、草刈場、土井、川久保、川久保新田、町裏、町並、井戸棚居、立沼、馬草場 、浜川戸。 南埼玉郡内牧村との合併後、旧粕壁町内の地名は字名として残った。 現在は一部が八木崎町浜川戸等に残っている。

経済編集

農業編集

『大日本篤農家名鑑』によれば粕壁町の篤農家は、「清水壽太郎、石野安蔵、青木松三、田村新蔵、鹿間新蔵」などである[4]

  • 粕壁町地主 - 田村家・永田家
  • 幸松村地主 - 鈴木家・田中家[5]

商工業編集

 
粕壁町

粕壁町当時の商工業者は「 赤塚三蔵 厚見弥兵衛  新井善兵衛・升内 有山亀次郎 飯島ユワ 池田国太郎 石川多蔵  石野安蔵 伊藤平蔵 岩井藤吉 宇田清蔵 遠藤ミナ 大熊福次郎 大作政蔵 大塚千代三・平兵衛 岡山久三郎 荻原元三郎 小澤忠七 尾島八右衛門・安右衛門・由次郎・宗平 小川久太郎・宇次郎・友次郎 降田タヨ 小谷野佐右衛門・忠太郎  笠屋喜平 春日屋為五郎 金子仁左衛門・七右衛門・七蔵・清蔵・文蔵・信助・太一 釜屋重次郎  上澤菊蔵・周蔵 川島啓次郎 北白川由松 木村兼吉・元次郎 清川定吉 倉持梅太郎 小林亀蔵・藤七 後藤幸次郎・伊之助 近藤金次郎 齋藤八右衛門・国太郎・健次郎・太三郎・謙吉 酒井竹蔵 境屋金兵衛 相良熊次郎 佐野伊兵衛・惣兵衛 鹿間市兵衛・米蔵 芝崎菊蔵 島田忠太郎・幸次郎・源吉・松之助  島根喜七 島村平蔵・吉五郎 清水勝右衛門・七蔵  神崎幸蔵 新藤キシ 杉山亀蔵 鈴木久五郎・久左衛門・久右衛門・久兵衛・政蔵 諏訪年太郎・今次 関口米吉 関田文蔵 関根嘉兵衛・勘次郎・富蔵・熊蔵・作蔵・勝蔵・寅蔵・福太郎・新五郎・助五郎・良之助・俊瑞・倉吉・  染谷安右衛門 高士米蔵 高島友吉 高橋藤蔵・金蔵・七右衛門・忠七・広吉 武井清之助・憲 武田善六 立澤忠吉 田中源太郎・助次郎 田村新蔵・市太郎・儀三郎・政五郎 蔦屋久右衛門 都築彦次郎・仲蔵 戸田イチ 富間安蔵 豊野屋安右衛門  鳥海シマ 永嶋庄兵衛・貞次郎・国蔵 長島国三郎 永田勘六・宗助 中村平三郎 鍋屋藤助 成田清次郎 根本長蔵・友蔵 練木市左衛門・七蔵 野澤市十郎 橋本吉兵衛・又蔵・徳三郎 濱島富蔵 早川助三郎 樋口政次郎 秀間七左衛門 福村貞蔵 古澤仙吉 松本豊次郎 皆川巳之助 村田佐平次 矢島初太郎 柳屋勘七 矢部金蔵 山口治佐久 山﨑瀧蔵・軍次郎 山田半六・嘉助 山村清吉 吉岡良助 吉田セツ 吉野屋儀右衛門 吉見仙之助 渡邉長三 和村重右衛門 」[6]である。

企業編集

  • 粕壁銀行(田村新蔵、練木市右衛門、清水勝右衛門、清水寿太郎、厚見弥兵衛、山田半六、鈴木兵右衛門)
  • 明治貯蓄銀行(田村新蔵、練木市左衛門、清水藤左衛門、厚見弥兵衛)

名所・旧跡編集

  • 八幡神社
  • 最勝院 東陽寺 源徳寺

電気編集

粕壁町は町営で電気事業を始めた。1914年大正3年)4月事業許可を受け、1915年(大正4年)1月事業開始した。発電所は建設せず利根発電より受電した[7]

詳細は粕壁町営電気事業組合を参照

交通編集

鉄道路線編集

粕壁町

  土井停留所(廃止)

現代

鉄道
道路
隣の宿〈日光奥州街道
越ヶ谷宿 - 粕壁宿 - 杉戸宿

現在の地名編集

粕壁#現代

かつての地名(小字)編集

金山(かねやま)、内田、寺町、横町、上町、中町、新宿組、三枚橋、新々田、下組、大砂組、川久保、元新宿、大池、内谷、松の木、裏町、前山中、上山中、陣屋、八木崎、浜川戸、土井、井戸棚居(いどだない)、草刈場(くさかりば)、馬草(ばくさ)新田

現在編集

世帯数と人口編集

2017年(平成29年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字丁目 世帯数 人口
粕壁 1,559世帯 3,371人
粕壁一丁目 247世帯 531人
粕壁二丁目 284世帯 514人
粕壁三丁目 473世帯 1,054人
粕壁四丁目 123世帯 237人
2,686世帯 5,707人

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8]

大字・丁目 番地 小学校 中学校
粕壁 一部 春日部市立八木崎小学校 春日部市立春日部中学校
一部 春日部市立粕壁小学校
粕壁一丁目 全域
粕壁二丁目 全域
粕壁三丁目 全域
粕壁四丁目 全域

施設編集

教育編集

高等学校
中学校

出身・ゆかりのある人物編集

  • 先代田村新蔵(埼玉県多額納税者、資産家、大地主、農業、洋紙、砂糖、小麦粉販売業、粕壁銀行、明治貯蓄銀行各頭取)
  • 田村新蔵(埼玉県多額納税者、東武商事代表取締役、農業、洋紙、砂糖、小麦粉販売業)
  • 永田勘六(埼玉県多額納税者、資産家、農業)

脚注編集

  1. ^ a b 平成29年 人口・世帯数(町(丁)別・男女別)”. 春日部市 (2017年10月3日). 2017年10月10日閲覧。
  2. ^ 郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月10日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ 『大日本篤農家名鑑』299頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年2月23日閲覧。
  5. ^ 出典:近世期の埼玉県東部地域
  6. ^ 出典:『埼玉県資産家地主総覧』『埼玉縣営業便覧』
  7. ^ 『電気事業要覧. 第8回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 小学校・中学校(通学区域)”. 春日部市 (2017年2月1日). 2017年10月10日閲覧。

参考文献編集

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 角川日本地名大辞典 11 埼玉県』。
  • 粕壁#参考文献
  • 『南埼玉郡制史』(埼玉県立図書館・春日部市立図書館蔵)。
  • 粕壁町商工会著『粕壁町誌』1936年(埼玉県立図書館・春日部市立図書館蔵)。
  • 『春日部市史 近世編・現代編』(埼玉県立図書館・春日部市立図書館蔵)。

関連項目編集

外部リンク編集