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地理編集

前橋市の東部、赤城山の南麓、東神沢川流域に位置する。

河川編集

  • 東神沢川

歴史編集

江戸時代頃からある地名である。寛永元年に女渕村から分村して成立した。はじめは前橋藩領で、明和6年に幕府領天明8年には幕府と旗本久保田氏の相給を経て、寛永2年からは陸奥泉藩と旗本久保田氏の相給だった。なお、陸奥泉藩領は下込皆戸(現同町)、旗本久保田氏は上込皆戸(現粕川町稲里)と称した。人々は死牛馬の処理、や犬の皮革加工、医薬品の製造販売、馬医者、薪取り、小作農草鞋作り、芸能など様々な雑業で生計を立てた[5]

地名としては粕川村であったころは大字込皆戸であった。粕川村が前橋市に合併したことにより粕川町込皆戸となった[6]

年表編集

地名の由来編集

「皆戸」は村落の意味で、「込」は古くは「叺」の字を使った。  

世帯数と人口編集

2017年(平成29年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁 世帯数 人口
粕川町込皆戸 664世帯 1,641人

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]

番地 小学校 中学校
全域 前橋市立粕川小学校 前橋市立粕川中学校

経済編集

店・企業
地価
上原善広著『日本の路地を旅する』によると「地区町村別の地価評価はかなり下位である[5]。しかし安価な住宅地として人気があり、アパートもいくつか建てられている[5]。」という。

地域編集

交通編集

鉄道編集

町内に上毛電気鉄道上毛線北原駅がある。

バス編集

赤城タクシーが運行を行っているデマンドバス方式のふるさとバスがある[9]

道路編集

県道群馬県道3号前橋大間々桐生線が通過。

出典編集

  1. ^ a b 人口及び世帯数 - 町別住民基本台帳人口表”. 前橋市 (2017年9月5日). 2017年9月15日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月18日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ 第2章 人口 - 前橋市 2015年10月07日閲覧。
  5. ^ a b c 上原善広『日本の路地を旅する』文藝春秋、2012年、260-277頁。
  6. ^ 合併後の町名一覧”. 前橋市. 2015年10月7日閲覧。
  7. ^ 前橋市立小学校・中学校通学区域”. 前橋市 (2017年4月24日). 2017年9月16日閲覧。
  8. ^ 事業所一覧、株式会社LIXIL物流公式サイト。
  9. ^ ふるさとバス(デマンドバス・大胡,宮城,粕川地区)のご案内”. 前橋市. 2015年10月7日閲覧。

参考文献編集

  • 角川日本地名大辞典 10 群馬県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1988年7月8日(日本語)。ISBN 4-04-001100-7