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紀元2600年記念日本万国博覧会

1940年に日本の東京で開催される予定だった国際博覧会
当時のポスター

紀元2600年記念日本万国博覧会(きげんにせんろっぴゃくねんきねん にほんばんこくはくらんかい)は、1940年昭和15年)に日本東京市(当時)で開催予定であった国際博覧会である。 「東京万博」と呼ばれることが多い。しかし、日中戦争の激化など諸般の事情により中止された。

目次

概要編集

1940年(皇紀2600年)は、神武天皇紀元前660年に初代の天皇に即位して2600周年の節目の年であるとして、紀元2600年を祝賀する行事のほか、様々な国際的イベントも招致された。

オリンピック夏季大会が東京市(現・東京都区部)で、冬季大会が札幌市で開催されることが決定しており、万国博覧会も東京市の月島の4号埋立地(現在の晴海)をメイン会場として開催されることが決定し、勝鬨橋は博覧会開催のための整備の一環で造られた。それ以外では6号地(東雲)の一部と台場公園、横浜の山下公園も会場予定地となった。

開催期間は3月15日から8月31日までの170日間を予定しており、総動員4,500万人を見込むなど、国家的イベントになるはずであった。しかし日中戦争が激化したため、資源が使われることを危惧した軍部の反対、および参加国の減少が確実になったことなどで、1938年に中止が決定した。

前売り券編集

この博覧会の前売り券は10円で販売されており、大量に市中に残されていた。そのため特例で、1970年大阪府で開催された日本万国博覧会、および2005年愛知県で開催された2005年日本国際博覧会(愛・地球博)で使用可能であった(券面番号確認後に各博覧会の招待券が発行され、券そのものは返却された)。なお、日本万国博覧会では約3000枚[1]、2005年の日本国際博覧会では約80枚使用されたという[2]

脚注編集

  1. ^ 指南役 『幻の1940年計画 太平洋戦争の前夜、“奇跡の都市”が誕生した』 アスペクト、2009年、89頁。
  2. ^ 『幻の1940年計画』、122頁。

関連項目編集

外部リンク編集