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紅野 敏郎(こうの としろう、1922年6月19日 - 2010年10月1日[1])は、日本近代文学の研究者。

人物編集

兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学文学部国文科卒、京華学園教諭ののち、早大教育学部教授を勤め、1992年定年退職、名誉教授。

日本近代文学館常務理事を務める。1983年(昭和58年)には山梨県嘱託の「文学館構想策定懇話会」委員の一人となり、1991年(平成3年)には三好行雄の後任として山梨県立文学館の2代館長となる。山梨県立文学館では1993年(平成5年)刊行の『芥川龍之介資料集』の刊行にも携わり、1992年に開始された「やまなし文学賞」では実行委員長を務める。2005年3月には山梨県立文学館館長を退任し、後任は近藤信行が務める。子息紅野謙介も近代日本文学研究者(日本大学教授)。

2006年瑞宝中綬章受章。書誌学文献学的方法で、白樺派などを中心に近代文学について厖大な量の論考を書いてきた近代文学研究の泰斗。編著は多数ある。2010年10月1日、肺炎のため東京都東村山市の病院で死去。88歳没[1]

著書編集

  • 『展望戦後雑誌』河出書房新社, 1977
  • 『本の散歩・文学史の森 1972-79』冬樹社, 1979
  • 『文学史の園 1910年代』青英舎, 1980
  • 白樺の本 文学史の林』青英舎, 1982
  • 『昭和文学の水脈』講談社, 1983
  • 読売新聞文芸欄細目』日外アソシエーツ, 1986
  • 『近代日本文学誌 本・人・出版社』早稲田大学出版部, 1988
  • 『近代文芸』1・2 放送大学教育振興会, 1988
  • 『雑誌探索』朝日書林, 1992
  • 『貫く棒の如きもの 白樺・文学館・早稲田』朝日書林, 1993
  • 『大正期の文芸叢書』雄松堂出版, 1998
  • 『文芸誌譚 その「雑」なる風景 一九一〇 - 一九三五年』雄松堂出版, 2000
  • 『遺稿集連鎖 近代文学側面誌』雄松堂出版, 2002
  • 『「学鐙」を読む』正・続 雄松堂書店, 2009

主な編著編集

  • 『写真近代日本文学百年』小田切進 明治書院, 1967
  • 『近代小説研究』佐藤勝・平岡敏夫 秀英出版, 1969
  • 『近代文学史』全3巻 有斐閣選書, 1972
  • 『国語科教育法演習』難波喜造中村格 秀英出版, 1972
  • 『現代小説研究』佐藤勝・平岡敏夫 秀英出版, 1973
  • 『近代日本文学における中国像』村松定孝吉田熈生 有斐閣, 1975
  • 『展望戦後雑誌』河出書房新社, 1977
  • 岩野泡鳴書目』吉田公子 明治書院, 1979
  • 『論考谷崎潤一郎桜楓社, 1980
  • 『資料谷崎潤一郎』千葉俊二 桜楓社, 1980
  • 有島武郎『或る女』を読む』青英舎, 1980
  • 近松秋江研究』編 学習研究社, 1980
  • 長谷川時雨 人と生涯』長谷川仁 ドメス出版, 1982
  • 『リトルマガジンを読む』名著刊行会, 1982
  • 新感覚派の文学世界』名著刊行会, 1982
  • 相馬御風の人と文学』相馬文子 名著刊行会, 1982
  • 『論考徳田秋声』桜楓社, 1982
  • 志賀直哉『暗夜行路』を読む』町田栄 青英舎, 1985
  • 『論考田山花袋』桜楓社, 1986
  • 『近代文芸雑誌稀少十誌』雄松堂出版, 2007

脚注編集

外部リンク編集