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素盞嗚神社 (宝塚市高司)編集

素盞嗚神社
 
所在地 兵庫県宝塚市高司2-14-6
位置 北緯34度47分13秒
東経135度21分50秒
主祭神 素盞嗚命
社格 村社
創建 不詳
本殿の様式 流造
例祭 10月18日
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川辺郡蔵人村の村社

  • 創建時期は不詳。武庫川の氾濫で甚大な被害を受けていた村人が、荒ぶる武庫川を鎮めるため祀ったといわれている。
  • 明治初期、素盞嗚神社へ改称。牛頭天王社を末社とした。

社殿・境内編集

  • 本殿:素盞嗚命を祀る。一間社流造杮葺唐破風付)で、享保7年(1722年)の寺社改帳の記載と現在の本殿寸法等が一致することから、江戸時代初期(17世紀初頭)の建立と推定できる。
  • 相殿:本殿の左右にあり、それぞれ天照大神蛭児大神を祀る。一間社流見世棚造杮葺で、17~18世紀の建立と推定される。
  • 末社:牛頭天王社のほか、宗像、金刀比羅、天満など十数社ある。

祭事編集

  • 1月1日:元旦祭
  • 1月15日:小正月・しめ縄焼神事
  • 8月4日:夏祭
  • 9月第1日曜日:砂持祭
  • 10月18日:秋祭
  • 12月31日:除夜祭(福火)

文化財編集

  • 本殿、相殿の3棟が兵庫県の有形文化財に指定されている。

所在地・交通編集


素盞嗚神社 (宝塚市長谷)編集

素盞嗚神社
 
長床の床下参道より
所在地 兵庫県宝塚市長谷字道谷4
位置 北緯34度55分15秒
東経135度19分13秒
主祭神 素盞嗚命
社格 村社
創建 不詳
本殿の様式 切妻造
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川辺郡長谷(ながたに)村の村社

  • 弘治年間に現在地へ遷座したと伝えられる。
  • 普光寺と同じ境内にあり、神仏習合の典型的な配置である。

社殿・境内編集

  • 本殿:近畿地方で数少ない、三間社切妻造平入(一間向拝付)で、江戸時代初期の建立。細部には八阪神社 (宝塚市)と同一の様式が見られる。
  • 長床(ながとこ):本殿前にある舞台で、農村歌舞伎が行われていた。長床の床下をくぐって参拝する、珍しい参道になっている。
  • 宝篋印塔:観応元年(1350年)の銘がある。「波豆石」と呼ばれる流紋岩製。
 
本殿(重要文化財)と覆屋

文化財編集

  • 本殿と宝篋印塔が、兵庫県の重要有形文化財に指定されている。

所在地・交通編集


素盞嗚神社 (宝塚市上佐曽利)編集

川辺郡上佐曽利(かみさそり)村、下佐曽利村の村社。萬正寺と隣接している。

  • 社伝によると、本殿は天正17年(1589年)の建立。正徳年間に改修したと伝えられる。

所在地編集

  • 兵庫県宝塚市上佐曽利寺ノ上5
北緯34度56分19秒東経135度18分47秒


素盞嗚神社 (宝塚市切畑)編集

川辺郡切畑(きりばたけ)村(北畑村と南畑村が合併)の村社。願宗寺と隣接している。

所在地編集

  • 兵庫県宝塚市切畑字堂山33-1
北緯34度52分46秒東経135度19分55秒


素盞嗚神社 (宝塚市小林)編集

川辺郡小林(おばやし)村の村社のひとつで「東氏神」と言われていた。現在の宝塚神社

  • 明治に牛頭天王社から素盞嗚神社へ改称、昭和41年(1966年)に「西氏神」であった日吉神社(旧:山王権現社)と神社合祀し、宝塚神社へ改称した。

旧所在地編集

  • 兵庫県宝塚市小林3-4

素盞嗚命神社 (宝塚市玉瀬)編集

川辺郡玉瀬(たまぜ)村の村社のひとつ。満福寺と隣接している。

  • 明治に入り須佐之男神社改称、大正14年(1925年)に同じ村社の大己貴命神社(旧:八王子神社)と神社合祀し、素盞嗚命神社へ改称した。

所在地編集

  • 兵庫県宝塚市玉瀬字前田1
北緯34度53分7秒東経135度18分34秒


素盞嗚命神社 (宝塚市大原野)編集

川辺郡大原野村の村社。社叢は、宝塚市の天然記念物に指定されている。

  • 社伝では、応永5年(1398年)に牛頭天王像を遷座させたとあり、14世紀には創建されていたと考えられる。
  • その後戦乱で荒廃し、慶安5年(1562年)に牛頭天王社として再興された。
  • 明治42年(1909年)、2社の天満神社を神社合祀した。

所在地編集

  • 兵庫県宝塚市大原野字南宮1
北緯34度54分23秒東経135度18分22秒

関連項目編集