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細川 皇海(ほそかわ こうかい)は、鎌倉時代末期から南北朝時代武将細川頼貞の子。土佐守護を務めたとされているが、その事跡はほとんど明らかではない。

 
細川皇海
時代 鎌倉時代末期 - 南北朝時代
生誕 不詳
死没 暦応3年/興国元年(1340年)?
別名 三位律師、三位房(通称)
幕府 室町幕府 紀伊大将、土佐守護
主君 足利尊氏
氏族 奥州細川氏
父母 父:細川頼貞
兄弟 顕氏直俊定禅皇海

生涯編集

鶴岡八幡宮別当を務めていたとされており、その経緯から三位律師と号されたという。僧侶の身分にあったのは確かだと思われるが、南北朝の動乱が始まると兄の顕氏定禅らと共に足利尊氏に従って南朝方と戦っている。主に土佐で南朝勢力と戦っていたとされているが、暦応3年/興国元年(1340年)末の記録を最後に史料から忽然と姿を消しているため、恐らくはこの前後に死去したものと推測される。