絵沢萠子

日本の女優 (1939-2022)
絵沢萌子から転送)

絵沢 萠子(えざわ もえこ、1935年昭和10年〉[1]3月28日 - 2022年令和4年〉12月26日)は、日本の女優。本名:楠 智江、旧姓:松田。旧芸名:松田 友絵。

えざわ もえこ
絵沢 萠子
本名 くすのき 智江ともえ (旧姓:松田まつだ
別名義 松田まつだ 友絵ともえ(旧芸名)
生年月日 (1935-03-28) 1935年3月28日
没年月日 (2022-12-26) 2022年12月26日(87歳没)
出生地 日本の旗 日本兵庫県神戸市
死没地 日本の旗 日本大阪府大阪市
職業 女優
ジャンル テレビ映画
活動期間 1963年 - 2022年
配偶者 楠年明(1971年 - 2022年)
主な作品
映画
『濡れた唇』
月はどっちに出ている
借王』シリーズ
 
受賞
高崎映画祭
最優秀助演女優賞

1994年月はどっちに出ている
TAMA映画祭
最優秀作品賞

2011年一枚のハガキ
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兵庫県神戸市出身。特技は日舞バレエ三味線。夫は1971年に結婚した楠年明

来歴・人物 編集

兵庫県立西宮高等学校関西学院大学文学部英文科卒業。中学生の頃から女優を志し、高校の文化祭では『修禅寺物語』の楓役を演じた。大学の卒業論文テネシー・ウィリアムズであった。

大学卒業後は関西で会社勤めをしながら、劇団くるみ座の演劇教室に入る。1963年、『リチャード三世』で初舞台を踏む。

1968年に仕事を辞め、くるみ座も退団。劇団四季に合格したが、上京に備えて発声練習に通っていた頃に新藤兼人の監督映画『強虫女と弱虫男』でデビュー。

1969年に上京、1970年には俳優小劇場に入団。

1971年楠年明と結婚。

1972年に芸名を改め、にっかつロマンポルノの『濡れた唇』に出演し、脚光を浴びる。同年、神代辰巳の監督映画『一条さゆり 濡れた欲情』にも脇役として出演[2]井筒和幸のデビュー作には、既にロマンポルノ界のスターであったにもかかわらず、オファーの手紙を読んで出演を快諾したという。ロマンポルノから社会派作品まで幅広くこなし、小沼勝からは「得難い女優」と評価された。

2022年12月26日老衰のため大阪市内の病院で死去、87歳没[3][4]

出演 編集

テレビドラマ 編集

NHK
日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
「遠山の金さん♯31 大奥絵巻呪いの丑三つ刻」春日井役
テレビ東京

映画 編集

ラジオドラマ 編集

受賞 編集

出典 編集

  1. ^ 墓碑銘 『週刊新潮』2023年1月19日迎春増大号 P121
  2. ^ 一条さゆり 濡れた欲情”. 2020年8月6日閲覧。
  3. ^ 俳優・絵沢萌子さん死去、87歳 「月はどっちに出ている」など”. SANSPO.COM(サンスポ). 産経デジタル (2022年12月30日). 2022年12月30日閲覧。
  4. ^ 俳優の絵沢萌子さん死去”. 時事ドットコム. 時事通信社 (2022年12月30日). 2022年12月30日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集