緒川藩(おがわはん)は、尾張国(現在の愛知県知多郡東浦町緒川)に存在した。居城は緒川城(高藪城)。

概要編集

緒川は、古くは小川、または小河とも呼ばれ、15世紀末より戦国期にかけての水野氏の本拠地であった。第4代当主水野忠政の次男水野信元、三男水野忠守、九男水野忠重の領有を経たのち、徳川家康の旗下として関ヶ原の戦いに参加した水野分長に9820石が与えられ、慶長6年(1601年)4月に立藩した。9820石であるから正式には大名ではないが、分長の父、水野忠分(忠政八男)は於大の方の弟であり、それゆえ従兄弟にあたる家康から重用されている。慶長11年(1606年)6月、分長は三河国新城藩1万石に移封となった。その後、緒川は尾張藩領として併合された。

歴代藩主編集

水野家

9820石。譜代

  1. 水野分長(わけなが)