練習曲 (サン=サーンス)

練習曲(れんしゅうきょく、フランス語: Étude)は、カミーユ・サン=サーンスが作曲したピアノ曲。全18曲存在する。

概要 編集

作品52、作品111、作品135の3つの曲集にまとめて発表された。練習曲としての目的は、優れたピアニストであったサン=サーンスの技量を背景に、両手について特定の技巧を集中的に強化するものが多い。特に重音奏法に重点が置かれており、充分な演奏には高度な技巧が必要となる。

音楽的には、折衷主義を自ら標榜したサン=サーンスらしく、様々な音楽様式が共存している。複数含まれている「前奏曲フーガ」や作品135の作品群からは、バロック音楽古典派音楽へのサン=サーンスの傾倒が窺える。その一方で、リストショパンの流れにあるロマンティックな曲想や、ドビュッシーに接近した響きも聴くことができる。6つのフーガも練習曲的色彩の強い作品である[1]

6つの練習曲 作品52 編集

1877年作曲(第2曲のみ1868年)。各曲はそれぞれ別のピアニストに献呈されている。

第1曲 前奏曲 (Prélude)

コン・ブラヴーラ、ハ長調、4/4拍子。エドゥアール・マルロワ(Édouard Marlois)に献呈。リスト超絶技巧練習曲第1曲を思わせる、即興的なパッセージが絶え間なく続く作品。後半は重音の狭い音域のアルペジオの練習曲となる。

第2曲 各指の独立のために (Pour l'Indépendance des Doigts)

アンダンティーノ・マリンコニコ、イ短調、4/4拍子。ヴィルヘルム・クリューガー(Wilhelm Krüger)に献呈。厚い和音から旋律線(大きな音符で記譜されている)を浮き立たせる練習曲。

第3曲 前奏曲とフーガ (Prélude et Fugue)

アレグロ、ヘ短調、4/4拍子‐アニマート、2/2拍子。アントン・ルビンシテインに献呈。前奏曲は左右交互に三連打される和音の練習曲。フーガは三声で、半音階的な処理を多く含む。

第4曲 リズムの練習曲 (Étude de Rythme)

アンダンティーノ、変イ長調、2/4拍子。コンスタンス・ポンテ(Constance Pontet)に献呈。ウィットに富んだ2:3のクロスリズムの練習曲であり、和音によるもの、拍頭を欠いたもの、片手で弾き分けるものなど様々なパターンが想定されている。

第5曲 前奏曲とフーガ (Prélude et Fugue)

アレグロ・モデラート、イ長調、4/4拍子‐モデラート。ニコライ・ルビンシテインに献呈。前奏曲は六度のトレモロの練習曲。フーガは四声で、前奏曲からとられた主題を用いている。

第6曲 ワルツの形式で (En Forme de Valse)

ムブマン・ド・ヴァルス、変ニ長調、3/4拍子。マリー・ジャエルに献呈。単独のコンサートピースとして演奏される機会も多い。複合三部形式の華やかなワルツで、オクターヴ、同音連打、重音など様々な技巧が要求される。 また、後にウジェーヌ・イザイによって「ワルツ形式の練習曲による奇想曲」("Caprice d'après l'Etude en forme de Valse de C. Saint-Saëns") として、ヴァイオリンピアノまたは管弦楽のために編曲されている[2]

6つの練習曲 作品111 編集

1899年作曲。作品52同様、各曲が別のピアニストに献呈されている。

第1曲 長三度と短三度 (Tierces Majeures et Mineures)

アレグレット、嬰ト短調、4/4拍子。アルテュール・デ・グレーフに献呈。2-4指と3-5指で行う三度のトリルの練習曲。音形の類似や調性の選択から、ショパンの練習曲Op.25-6を意識したものと考えられる。

第2曲 半音階の奏法 (Traits Chromatiques)

アレグレット、イ短調、3/4拍子。ルイ・リヴォン(Louis Livon)に献呈。五指全てを使う半音階の練習曲であり、極端な指の収縮が求められる。

第3曲 前奏曲とフーガ (Prélude et Fugue)

モデラート・アジタート、変ホ短調、2/2拍子‐モデラート・エスプレッシーヴォ、4/4拍子。シャルル・マレーブに献呈。前奏曲は、常に変化する和音連打の練習曲。フーガは四声で、終結部にはトッカータ風のカデンツァが置かれる。

第4曲 ラス・パルマスの鐘 (Les Cloches de Las Palmas)

アンダンティーノ、嬰ト短調、6/8拍子。クロティルド・クレーベール(Clotilde Kleeberg)に献呈。同音連打を含む急速な音形のための練習曲。繊細なパッセージと和声の取り扱いによって、印象主義音楽に接近している。

第5曲 半音階の長三度 (Tierces majeures chromatiques)

ヴィヴァーチェ、ニ長調、4/4拍子。エドゥアール・リスレルに献呈。題の通り長三度の半音階を徹底的に活用しており、ユーモラスな練習曲だが演奏は難しい。

第6曲 第五協奏曲によるトッカータ (Toccata d'après le Cinquième Concerto)

モルト・アレグロ、ヘ長調、2/4拍子。ラウール・プーニョに献呈。3年前に書かれたピアノ協奏曲第5番のフィナーレを下敷きにして書かれた(曲の構成や音形には細かい相違が多い)もので、爽快な演奏効果を持ち、単独で演奏されることも多い。広い音域のアルペジオや跳躍、両手交互の和音連打などの技巧がふんだんにちりばめられている。

6つの左手のための練習曲集 作品135 編集

1912年、右手を故障したカロリン・ドゥ・セール(Caroline de Serres)のために作曲され、ドゥ・セールに献呈されている。二人は以前から親交があり、サン=サーンスは交響詩「死の舞踏」やカプリース・ワルツ「ウエディング・ケーキ」作品76を献呈している。

様々な語法が見られた作品52、作品111とは異なり、フランソワ・クープランジャン=フィリップ・ラモーの作風を模した偽バロック風の、新古典的組曲として書かれている。ゆえに、テクスチュア、和声ともに非常にシンプルなものである。

モーリス・ラヴェルが「左手のためのピアノ協奏曲」を作曲する際、書法の参考にした作品に含まれていたことで知られる(もっともこの作品は、ラヴェルの作品やレオポルド・ゴドフスキーアレクサンドル・スクリャービンなどの同じ趣向の作品に比べ、はるかに簡素に書かれている)。

第1曲 前奏曲 (Prélude)

アレグレット・モデラート、ト長調、3/4拍子。急速なアルペジオとスタッカートが交錯する優雅な作品。

第2曲 フーガ風に (Alla fuga)

アレグロ・ノン・トロッポ、ト長調、2/4拍子。軽快な二声のフガート。

第3曲 無窮動 (Molto Perpetuo)

アレグレット、ホ長調、3/8拍子。全曲が単音の16分音符のみによって構成されているが急速なものではなく、「優しく穏やかに、急がずに、とても落ち着いて」(Doux et tranquille, sans vitesse et très également)と指示されている。

第4曲 ブレー (Bourrée)

モルト・アレグロ、ト短調、2/2拍子。スタッカートが効果的な快活な舞曲。ト長調に転じる中間部とコーダにおいては、きわめて長いト音のオルゲルプンクトが現れる。

第5曲 エレジー (Élégie)

ポコ・アダージョ、変ニ長調、3/4拍子。曲集のうち最も演奏時間が長く、また唯一ロマンティックな色彩を強く放つ作品。

第6曲 ジーグ (Gigue)

プレスト、ト長調、3/8拍子。前曲で見せた深い感情を払拭するかのような軽妙な終曲。

参考文献 編集

  • Piers Lane, "Saint-Saëns: The Complete Études" (Hyperion, CDA67037)のCD解説書 (Piers Lane, 1998)
  • Geoffrey Burleson, "Saint-Saëns: The Complete Piano Works 1" (Grand Piano, GP601)のCD解説書 (Geoffrey Burleson, 2011)
  • アルフレッド・コルトー、安川定男・安川加寿子訳 『フランス・ピアノ音楽 (2)』音楽之友社、1996年
  • Ratner, Sabina Teller (2002) Camille Saint-Saëns 1835-1921: The instrumental works Oxford University Press

脚注 編集

注釈 編集

出典  編集

  1. ^ grandpiano records. “SAINT-SAËNS, CAMILLE (1835–1921)Complete Piano Works 2”. grandpianorecords.com. grandpianorecords.com. 2023年12月15日閲覧。
  2. ^ John Henken. “Caprice d'après l'étude en forme de valse de Saint-Saëns”. www.laphil.com. www.laphil.com. 2023年12月15日閲覧。

外部リンク 編集