メインメニューを開く

美川 憲一(みかわ けんいち、1946年5月15日 - )[2]は、日本歌手俳優タレントである。本名は百瀬 由一(ももせ よしかず)。長野県諏訪市出身。血液型はA型。

美川 憲一
出生名 百瀬 由一(ももせ よしかず)
生誕 (1944-05-15) 1944年5月15日(75歳)[1]
出身地 日本の旗 日本 長野県諏訪市
ジャンル 演歌歌謡曲シャンソン
活動期間 1965年 -
事務所 株式会社オフィス・ミカワ
公式サイト 美川憲一オフィシャルサイト

目次

来歴編集

生い立ち編集

生い立ちは複雑で、母が妻子ある交際相手との間に出産した子供が美川だった。一人で育てていた母が肺結核を患い、2歳の時に母の姉夫婦に引き取られた[3]。実の親ではないことを知ったのは中学1年生の時だった[3]

「2人の母親」を食べさせるために芸能界を目指し、高校を1年で中退し東宝芸能学校に入学[3]1964年、第17期「大映ニューフェイス」に合格。

なお、1996年に育ての母が死去[4]2006年に生みの母が死去している[5]

歌手として編集

古賀政男の指導を受け、1965年、「だけどだけどだけど」で歌手デビュー。デビューは青春歌謡路線であり、当時は男装・美少年キャラクターであった。

芸名の「美川」は愛知県三重県岐阜県を流れる木曽川揖斐川長良川の3つの美しい川にちなむ。美川自身は長野県出身で2歳から東京に住んでおり岐阜とは何の縁もなかったが、デビュー当時のプロダクションの担当者が岐阜出身だったことから岐阜に由来する芸名を付けられた。「川のように息が長く、美しい歌手であるように」という意味が込められている。

1966年、北海道出身で、柳ヶ瀬で流しをしていた宇佐英雄が作詞・作曲した「柳ヶ瀬ブルース」が120万枚を売り上げる大ヒット[6]

青春歌謡路線で売出し中の美川にとって演歌である「柳ヶ瀬ブルース」を歌う事にかなりの抵抗があった。レコーディングの話が来た際、レコード会社に「歌いたくない」と断ったところ「歌えないのならお前はクビだ」と言われてしまう。「クビになるのならやるだけやってみよう」「この曲が売れなければ辞めよう」と詞の内容も理解しないまま嫌々歌ったという。この曲のヒットにより美川はムード歌謡・演歌路線へとシフトを変えていくこととなる。

また「柳ヶ瀬ブルース」は映画化され、美川にとって映画初出演の作品となった。

1967年、「新潟ブルース」発売。売上枚数は多くなかったがカラオケで広く歌われるようになり、リクエストランキング1位を獲得した。

1968年、「釧路の夜」がヒットし45万枚を売り上げた。「釧路の夜」もヒットにより映画化され、美川も出演をした。『第19回NHK紅白歌合戦』に「釧路の夜」で初出場。

1970年、「みれん町」「大阪の夜」「おんなの朝」と立て続けにヒット曲を出す。「柳ヶ瀬ブルース」「新潟ブルース」「釧路の夜」とご当地ソングのヒットが続いていたが、「みれん町」のヒットにより盛り場をテーマにした曲なども発売されるようになり、この頃から曲調が変わっていく。なお「おんなの朝」は30万枚を売り上げるヒット曲となったが、当時のNHKでは「歌詞の内容が過激すぎる」という事で歌唱禁止とされた。

「柳ヶ瀬ブルース」で第3回日本有線放送大賞特別賞を受賞。

1971年、「おんなの朝」で第4回日本有線放送大賞スター賞・第4回日本作詞大賞大賞を受賞。

11月に「お金をちょうだい」が発売される。当時としては奇抜なタイトルで話題となったが、当時のNHKでは歌唱禁止とされた。「お金をちょうだい」は作詞家の星野哲郎が詩を作り、作曲家の中川博之が後からメロディーをつけ完成した作品で、完成当初は誰が歌うか決まっておらず、菅原洋一美空ひばりなどが候補に挙がっていた。そんな中、美川は中川の自宅まで行き「僕に歌わせてください」と直接頼み込んで美川の作品として発売される事になった。

1972年、「さそり座の女」が発売される。9.7万枚を売り上げるヒット曲となり当時の星占いブームのきっかけとなった。「さそり座の女」以降は目立ったヒット曲がなく、1974年の『第25回NHK紅白歌合戦』まで7年連続で紅白に出演していたが、翌1975年の『第26回NHK紅白歌合戦』で落選した。

1975年NHKホールでデビュー10周年記念リサイタルが開催された。

1977年に「駅」が発売された。ドラマのエンディングに使用されたこともあり発売後は有線リクエストでも上位にランキングされ美川にとって久々のヒット曲になるかと言われたが、この年の10月に大麻取締法違反で逮捕され、起訴猶予となったものの、ヒットに結びつくことはなかった。

1980年デビュー15周年記念リサイタルが主要都市6ケ所で開催された。

1984年大麻取締法違反で2度目の逮捕。判決は懲役1年6か月、執行猶予3年。大麻事件以降はテレビの出演回数も減り、スナックでの営業や地方の温泉などでの公演が続いた。

一時芸名を「美川けん一」に変更したが、事態が好転することはなかった。

再起編集

1980年代終盤、ものまねブームのさなか、ものまねタレントの第一人者であるコロッケによる美川のマネがうけ、1989年正月に放送された『オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!』でコロッケと初めて共演をした。これは男性タレントとしては曲の途中でサプライズで登場する「ご本人登場」の第1号であった。この時の出演が大きな反響を呼び美川の人気が復活するきっかけとなった。なお、コロッケによる美川のものまねは、美川からコロッケに依頼したものである[7]1990年ちあきなおみと共演した金鳥のCMが話題となり、その後の美川ブームへと続いた。1991年の『第42回NHK紅白歌合戦』にも、17年ぶりのカムバック出場を果たし、コロッケとのデュエットで「さそり座の女 」を披露。当時は『奇跡のカムバック』と話題になった。

更にこの年の第28回ゴールデン・アロー賞で特別賞を受賞し、「てんで話にならないわ」を歌唱した。

1990年、メルパルクホールにてデビュー25周年記念リサイタルが開催された。(デビュー20周年記念リサイタルは開催されなかった)

1990年に新潟の万代橋の袂に「新潟ブルース」、1991年には柳ケ瀬商店街に「柳ケ瀬ブルース」、1993年には釧路市に「釧路の夜」の歌碑がそれぞれ建立された。

ブーム以降も「芸能界のご意見番」などとしてワイドショーやバラエティ番組にしばしば登場し、タレントとしての地位を確保。彼の歌声はもちろん、毒舌やトーク聞きたさにコンサートディナーショーにも、中高年女性を中心とした集客が見込めるタレントとなった。2度の逮捕で業界を干されていた自身の再起の機会を作ったコロッケに対しては強い恩義を抱いており、大変仲が良く、現在も度々全国でジョイントコンサートを開催している。美川本人も「どん底から自分を復活させてくれたコロッケには感謝している」と度々発言していて、コロッケへ豪華なステージ衣装をプレゼントしている。

再ブレイク以降は「オネエキャラ・セレブキャラ」として活躍。ちあきなおみと共演した金鳥のCMでの「もっと端っこ歩きなさいよ」や、美川がバラエティ番組でたびたび発する「おだまり」が流行語になる。またNHK紅白歌合戦には、復帰出演の1991年から2009年まで19年連続出場(通算では26回出場)し、小林幸子との派手な衣装対決で毎年話題を集めていた。小林とは歌手としてライバル関係ではあるが、歌手デビュー前後には師匠の古賀政男の元で小林と一緒にレッスン指導を受けていたことから公私共に50年以上に渡る親友で、お互いの低迷時の苦労を全て知り尽くしている仲でもあり、2010年の紅白歌合戦落選直後には小林からすぐに電話連絡があってとても励まされたという。なお、2009年の紅白歌合戦に出場したのを最後に現在まで紅白歌合戦には出場していない。小林とは過去にデュエットCDを出したこともある。小林以外にも多くの芸能人と交友関係があり、同レコード会社所属で先輩の水前寺清子、後輩の神田うのうつみ宮土理は特に大親友で知られている。美空ひばりからも生前は公私共に可愛がられており、美川とは逆にひばりは淡谷から直に名指しで嫌悪を抱かれていたために「憲ちゃんは淡谷先生に可愛がられていていいわね(笑)」などと言われたこともあるという。

1994年にNHKホールにてデビュー30周年記念リサイタル、1999年にNHKホールにてデビュー35周年記念リサイタルが開催された。

シャンソンに非常に力を入れており、1999年から毎年シャンソンコンサートを開催している。また、デビュー35周年記念、40周年記念、45周年記念でそれぞれシャンソンアルバムをリリースしている。デビュー当時から親交があって可愛がってもらっていた淡谷のり子から「憲ちゃんの声はこぶしがなく一本調子だからシャンソンに合っている」と勧められた事がきっかけで、また美川自身もシャンソンが好きだったこともあり、美川が20代後半の頃からレコーディングやコンサートで徐々に歌われるようになっていった。淡谷からの紹介で美川が大ファンでもあった越路吹雪と親しくなり越路が亡くなるまで親交があった。

2012年8月10日には25年間所属した芸能事務所エービープロモーションを社員6人とともに独立して、新事務所を設立することになった[8]。美川へのギャラや社員の給料の遅配、取引関係への未払いなどから、事務所社長との関係が悪化していたのが原因とされる[8]

同年9月6日、新曲「金の月」の発売日に会見を開き、エービープロモーションの社長と和解したことを報告するとともに、個人事務所「ABプロ」を同年10月からスタートさせることを明らかにした[9]

しかし、2013年12月12日、エービープローモーションが、同社のホームページで、同社の承諾なく独立を断行し、報道機関などに同社の名誉を毀損する発言をした上、独立後も同社の承諾なく「美川憲一」の名称を用いて芸能活動を続け、同社の資産であるステージ衣装、楽譜を持ち出した上に利用して芸能活動を続けているなどとして、東京地方裁判所に専属契約の一方的破棄の債務不履行に基づく損害賠償として美川と「オフィスミカワ」に2億1125万7464円(うち美川個人には1億9349万5103円)を求め提訴したことを発表した[10]。美川も提訴直後に記者のインタビューに答えており「弁護士に全て一任していてこの件に関しては一切お話しできないの。ごめんなさいね。」と語っている。ただし、同社社長は、芸名が使えなくなることについては否定している[11]。 2015年7月16日、東京地方裁判所は原告であるエービープローモーションの請求を棄却する判決を言い渡した[12][13][14]

同年、第57回日本レコード大賞・功労賞を受賞[15]

2014年には歌手生活50周年を迎えた。 記念曲の「雨がつれ去った恋」は美川の恩師中川博之が遺した最後の作品であり、メロディーは美川の魅力を最大限に生かすものでさそり座の女から共に歩んだ美川への強い想いを感じさせる。

2015年には同じクラウン所属のJ−POP三人グループ「クリフエッジ」が7月に発売したアルバム『Oh! ENKA』に収録されている「さそり座の女 feat.美川憲一」にてコラボ。美川が原曲の歌詞を歌いクリフエッジがラップを披露する異色の作品となった。

2016年4月18日、東京・秋葉原の仮面女子常設劇場P.A.R.M.Sにて行われた地下アイドル仮面女子のライブに参戦。新ユニット『ミカワ仮面』として「さそり座の女 feat.仮面女子」でコラボしハイタッチ会にも参加。ロック調な仮面女子アレンジからラップなどが飛び交うこちらも異色な作品に。 同年7月25日には神奈川県・由比ヶ浜海岸に夏期限定でオープンしていた海の家ライブハウス・「音霊OTODAMA SEA STUDIO」にて開催された「美川憲一 OTODAMA ONE NIGHT SPECIAL LIVE!」で再びコラボが実現。美川はその年の新曲「吾妻橋で待つ女」、「さそり座の女」、「お金をちょうだい」などを披露し最後にはミカワ仮面として共に歌唱した。

2017年1月22日、美川は自身初のロサンゼルスでのコンサートをトーレンスアームストロング劇場で開催、成功させた。

2018年2月7日、左足関節外果(左くるぶし上の腓骨)を骨折し全治2か月の状態と報じられた。同月4日に東京都内のライブハウスで寺尾聰のライブを鑑賞している際に、階段で足を踏み外し転倒。その時、美川曰く「ポキンと音がした」翌日になっても痛みがひかなかったため、病院で検査し骨折が判明した。7日に約3時間におよぶ手術に挑み成功している。しかし同日は新曲「春待ち坂」の発売日であった。10日には退院し直ぐに精力的に活動。

翌月の5日、東京都内にて新曲「春待ち坂」のPRを会見では車イス姿で会場に入り、先月の骨折について語った。

2018年5月13日、ブラジルサンパウロの文協大講堂にてWILL株式会社が主催する「第2回チャリティーコンサート」にメインゲストとして出演。(第1回は橋幸夫であった。) 帰国する14日までに日系福祉施設になるべく慰問する予定。

現在もコロッケとのジョイントコンサートや新曲のキャンペーンライブなどで各地を飛び回るなど精力的に活動中。

エピソード編集

  • 上記の通り紅白歌合戦では毎年のように高価で豪華な衣装を引っ下げていたが、2005年スキウタでランクインした越路吹雪の「愛の讃歌」を歌唱することになり、越路への畏敬の念からか、華美という点では抑えた衣装で出場した。とはいえ、当日かけていたファーは、大変高価なものである。
    • この年の紅白には氣志團出演箇所に、当時、美川が自身の「そっくりさん」として公認しているものまねタレントそのまんま美川も出演していた(知名度を上げている魅川憲一郎も公認しており東京公演の際は呼ぶ事もある)。
    • なお、紅白には白組(男性チーム)から出場している。
  • 2014年、自身の公演時に報道陣の取材を受けた際、過去の紅白連続出場について、「ヒット曲があったから出られたわけじゃないのよ。CMで話題になって出場して、それが長年続いた」と語った。また音楽専門誌記者は、美川の元事務所関係者が「ヒット曲がないのに紅白に出場し続けるのは大変だった」と発言していたことを証言している[16]
  • 作詞・作曲を吉幾三が担当した1994年発売のCDシングル「おだまり」は、吉にできあがったばかりの楽譜をステージ上で渡され、吉が弾くギターの伴奏のみで楽譜を見ながらデュオで歌ったのがお披露目である。翌95年の紅白では豪華衣装に派手なビッグバンドの伴奏で歌った。
  • かつて石川郡美川町(現石川県白山市)に存在した美川下水処理場(北陸自動車道沿い)の水槽塔に書かれた「美川 県一の町」は美川本人も快諾しており、「笑いの金メダル」でも紹介されていた。しかし老朽化のため、2010年12月をもって解体・撤去されている。
  • 誤報ではあったが、生前には親友だった木原光知子や小林幸子との結婚話が話題になったこともある。
  • アメリカン・エキスプレスのセンチュリオンカード(クレジットカードの最高グレードである、いわゆるブラックカード)を持っている。
  • パチンコパチスロのキャラクターとしても登場。2002年には京楽より「CR P-MAN」が、2006年にはオーイズミより「美川 さそり座のサラリーマン」が登場した。
  • 髪型が何十年と変わっていないことから、かつら疑惑が持たれている。
実は2007年中ごろに髪型が変わっている。2007年8月31日放送分の『徹子の部屋』においても黒柳徹子に「御髪(おぐし)を変えられましたのね?」と振られたが、美川が「そんなことより聞いてくださいよー」と自ら切り返し髪型の話題を遮った。 
  • 2004年島田紳助が所属する吉本興業女性マネージャーに暴行した問題に関し、「彼女にマネージャーとして何ができるの?偉そうにしてない?暴力を振るわれる相手も悪いわ」とコメントし、紳助を擁護する立場を取った。
  • 少年時代は自分のことを「ボクちゃん」といい、ガキ大将のような存在だった、とテレビ番組で語っている。
  • 1998年柳ヶ瀬商店街振興組合連合会の名誉理事長に就任。
  • 美川が岐阜市柳ヶ瀬を訪ねた際に利用したタクシーの運転手から、その運転手が柳ヶ瀬に住み着いたきっかけが美川の『柳ヶ瀬ブルース』であったと聞き、美川は「この歌を歌っていて良かったと感じた」という[17]
  • 2006年11月に長崎市の観光名誉大使に選出され、シングル『長崎みれん』を発売。2007年2月の長崎ランタンフェスティバルでは皇帝パレードに皇帝役で参加した。ちなみに、この年のランタンフェスティバルは美川が出演したこともあって、期間中に当時過去最高の92万人が来場した。
  • 前述の大麻事件の後しばらく低迷が続き落ち込む美川を見て、親友のうつみ宮土理は「またあなたの時代が来るから、くさらないで」と言って励ました。
  • 過去に二度逮捕された大麻事件について美川は『バイキング』(フジテレビ、2016年9月7日放送)にて、「クスリを一時やめても、また誘惑にかられて悪魔がささやく」「人生ダメになって死んでしまいたいというくらいにギリギリに追い込まれる」と、自らの体験談を語っている。美川は二度の大麻事件から自分が立ち直り、再び歌手として再起出来たのは「生みの母と育ての母の二人の存在があったから。背負うものがあったから頑張れて、地獄から這い上がれたんです」と述懐している[18]
  • 宮沢りえ貴花田の婚約破棄について後年りえの母で所属事務所「エム・ツー企画」の代表取締役・宮沢光子に依頼され、貴花田との婚約を解消するようりえ本人に電話で説得したと主張している。光子を懇意にしていた美川は光子から「りえが女将としてやっていけるとは思えない」と聞き、りえに対して「あんたは背負ってるものが重すぎる。あんたも母一人子一人。私も2人の母(生みの母と育ての母)を背負ってきた。そういう家庭に生まれたらしょうがない、運命だから。おかみさんになったら、お母さんどうするの?ずっと面倒みていかないといけないのよ」と説得した。[19]
  • 2016年2月、茨城県桜川市真壁町桜川警察署にて1日警察署長に任命され交通安全を訴えた。同日には真壁伝承館ホールにて無料コンサートを開催。すると控え室にて「美川にやらせなさいよ!」とホールに入り切らずコンサートを見る事ができない来場者から公演の追加を求める声を家政婦は見た状態で聞いた美川は追加公演を関係者に頼む。しかし関係者が探して来たステージは民家と民家の間の駐車場であり、軽トラックの荷台をステージにライブを開催した。5月には節目の70歳となる年で懐かしの即席ライブとなり再出発となった。 
  • 2018年3月5日に行われた会見では、車イス姿で現れるも応答等では立って対応した。患部をプレートで固定しており、先日に空路で広島県を訪問し「金属探知機反応するかと思った」と語り場を和ませた。新曲の歌詞に「夢につまずき、転んでも」とあり美川は「自分が転んじまった」と笑い、記者から「骨折もPRの一環」かと聞かれるが「そんなバカどこにいるのよ」と否定。「(新曲を)しぶとく売るわよ〜」とただでは転ばぬと気合をみせた。

シングル編集

# 発売日 A面
B面
タイトル 作詞 作曲 編曲
1960年代
1 1965年
6月1日
A
だけどだけどだけど 星野哲郎 小杉仁三
B
ひとりになると
2 1965年
12月1日
A
あの娘が好きと云った花 水島哲 小杉仁三
B
君と僕との愛の星
3 1966年
4月1日
A
柳ヶ瀬ブルース 宇佐英雄 小杉仁三
B
ひとすじの涙 星野哲郎 小杉仁三
4 1966年
11月1日
A
柳ヶ瀬の女 宇佐英雄 宇佐英雄
小杉仁三
小杉仁三
B
非情のブルース はせべゆり 長谷川利明
5 1967年
3月10日
A
まぼろしのブルース 田辺祐子
南澤純三
宇佐英雄 小杉仁三
B
紅い吸い殻 星野哲郎 小杉仁三
6 1967年
7月1日
A
ネオン化粧 冬木たかし 米山正夫 小杉仁三
B
明日はいらない
7 1967年
8月10日
A
新潟ブルース 山岸一二三
水沢圭吾
山岸英樹
中川博之
小杉仁三
B
信濃川慕情 山岸英樹
8 1967年
11月1日
A
湖畔のホテル 水島哲 小杉仁三
B
恋ははかなく
9 1968年
2月1日
A
あの星のかなた 大矢弘子 小杉仁三
B
星のようなあなた
10 1968年
4月1日
A
湯の街艶歌 奥野椰子夫 加賀谷伸 安藤実親
B
青島ブルース 八反ふじを 島津伸男
11 1968年
7月1日
A
釧路の夜 宇佐英雄 井上忠也
B
女のつよがり 杉本好美 井上忠也
12 1968年
11月1日
A
桜木町ブルース 荒瀬勝 杉田富夫 井上忠也
B
宇奈月の夜 相川のぼる
宇佐英雄
宇佐英雄
13 1969年
1月1日
A
霧のバラード 田辺祐子 宇佐英雄 井上忠也
B
花が散ったら あいだえいみ 井上忠也
14 1969年
6月1日
A
夜の慕情 みおたみずほ 宇佐英雄 井上忠也
B
夢おんな 井上忠也
15 1969年
9月1日
A
女とバラ 西沢爽 宇佐英雄 井上忠也
B
さいはての夜
1970年代
16 1970年
1月1日
A
大阪の夜 星野哲郎 猪俣公章
B
なにわ川
17 1970年
8月1日
A
みれん町 西沢爽 米山正夫 大柿隆
B
孤独の女 宇佐英雄 井上忠也
18 1970年
12月25日
A
おんなの朝 西沢爽 米山正夫 小杉仁三
B
哀愁の宿 宇佐英雄
19 1971年
5月25日
A
おんな町 西沢爽 米山正夫 小杉仁三
B
恋の命
20 1971年
7月25日
A
想い出おんな 関沢新一 米山正夫 小杉仁三
B
女の過去 米山正夫
21 1971年
11月25日
A
お金をちょうだい 星野哲郎 中川博之 小杉仁三
B
愛の行く先
22 1972年
3月20日
A
うらぎりの町 西沢爽 米山正夫 小杉仁三
B
あなたと別れて
23 1972年
5月20日
A
銀座・おんな・雨 阿久悠 中村泰士 馬飼野俊一
B
なみだ三年
24 1972年
9月20日
A
一番列車の女 ちあき哲也 彩木雅夫 小杉仁三
B
あの人今頃
25 1972年
12月20日
A
さそり座の女 斎藤律子 中川博之 馬飼野俊一
B
ひとりで涙をふきましょう 丹古晴己 叶弦大 小山恭弘
26 1973年
3月20日
A
バラの柩 丹古晴己 北原じゅん 池田孝
B
こんな女でいいかしら
27 1973年
4月20日
A
軽蔑 吉田旺 彩木雅夫 竜崎孝路
B
夜の船にのって 三谷ケイ 馬飼野俊一
28 1973年
8月20日
A
聞かせてほしい 水島哲 山川はじめ 小杉仁三
B
信じていても 黒崎緑 米山正夫
29 1973年
10月20日
A
裁き 奈良井祐幸
米山正夫
米山正夫 小杉仁三
B
女ふたたび 米山正夫
30 1974年
1月25日
A
三面記事の女 小谷夏 米山正夫 小杉仁三
B
女の地図
31 1974年
4月25日
A
ナナと云う女 山口洋子 中川博之 小杉仁三
B
恋の命は砂時計
32 1974年
10月20日
A
はしゃぎすぎたのね 中川博之 神保正明
B
カスバの踊り子 たかたかし 井上忠也
33 1975年
3月25日
A
くやし涙 千家和也 中村泰士 あかのたちお
B
バラの柩 丹古晴己 北原じゅん 池田孝
34 1975年
5月25日
A
伝言 山口洋子 平尾昌晃 京建輔
B
流れ川
35 1975年
9月25日
A
愛・それはゲーム たかたかし 中川博之 竜崎孝路
B
お店を出したの 杉本夜詩美
36 1976年
1月25日
A
カスマプゲ 星野哲郎 朴椿石 小山恭弘
B
愛に死なれて 秋津健 中川博之 小杉仁三
37 1976年
6月25日
A
あゝお酒 千野豊彦 浜圭介 高田弘
B
艶歌川
38 1976年
11月25日
- お待ちしてます[20] 星野哲郎 叶弦大 竜崎孝路
39 1977年
2月25日
A
気ままな女 喜多條忠 小杉仁三
B
ゼラニウムのある部屋
40 1977年
5月25日
A
丹古晴己 叶弦大 あかのたちお
B
炎上
41 1978年
3月25日
A
小雨のブルース 星野哲郎 叶弦大 小杉仁三
B
本気にします 松井由利夫
42 1978年
9月25日
A
生命のブルース[21] 木村伸 中川博之 神山純
B
ムーラン・ルージュ 高畠諄子
43 1978年
12月25日
A
戒橋ブルース 星野哲郎 竹山荘一 清水路雄
B
お酒で洗います
44 1979年
3月25日
A
あたし 星野哲郎 服部良一 竹村次郎
B
青いブルース
45 1979年
6月25日
A
女が靴下をぬぐとき 西沢爽 米山正夫 小杉仁三
B
2DK 一宮丈二
46 1979年
9月25日
A
スカーレット・ドリーマー[22] 小谷夏 都倉俊一
B
秋女 都倉俊一 田辺信一
1980年代
47 1980年
1月25日
A
城ヶ崎ブルース[23] 星野哲郎 関野幾生 神保正明
B
甘い蜜 関沢新一 安形和巳
48 1980年
5月25日
A
さだめ川 西村道夫 宇佐英雄 小杉仁三
B
女の艶歌 中山大三郎 関野幾生 植原道雄
49 1980年
11月10日
A
ふたりの旅路 小池あき 加藤笑貫 竜崎孝路
B
罪と罰 大和田よしこ 中川博之 小杉仁三
50 1981年
6月3日
A
新潟ブルース
(新録音)
山岸一二三
水沢圭吾
山岸英樹
中川博之
小谷充
B
行きどまり 加藤笑貫
51 1983年
11月5日
A
釜山港へ帰れ 三佳令二 黄善友 竹村次郎
B
ミオ・ミオ・ミオ 谷村新司 鄭豊松
52 1984年
7月5日
A
女って何なんだろう 佐々木勉 桜庭伸幸
B
女って何なんだろう
(オリジナルカラオケ)
- 佐々木勉
53 1986年
4月5日
A
だってさ 荒木とよひさ 中村泰士 高田弘
B
小劇場 友利ひろ子
54 1986年
7月21日
A
雨の花 新本創子 小杉仁三
B
さよならは悲しいよ
55 1987年
8月21日
A
愛は暮らした長さじゃないの 有馬三恵子 佐々木勉 桜庭伸幸
B
別離 佐々木勉
56 1988年
8月21日
A
よせよ 南澤純三 鈴木淳 川村栄二
B
哀しみグラス 日高宗敏
南澤純三
57 1989年
6月21日
A
てんで話にならないわ 秋元康 小林亜星 竜崎孝路
B
女郎花が咲く季節
1990年代
58 1990年
3月21日
A
あんた 秋元康 小林亜星 竜崎孝路
B
仕打ち
59 1991年
1月21日
A
別れの川 川内康範 北原じゅん 竜崎孝路
B
灯りが欲しい
60 1991年
6月21日
A
松山千春 服部克久
B
かなしみ笑い 中島みゆき 鈴木茂
61 1991年
7月21日
A
さそり座の女 Part1
(New Attack Version)
斎藤律子 中川博之 清水靖晃
B
てんで話にならないわ
(New Attack Version)
秋元康 小林亜星 鈴木茂
62 1991年
8月21日
A
柳ヶ瀬ブルース
(New Attack Version)
宇佐英雄 服部克久
B
お金をちょうだい
(New Attack Version)
星野哲郎 中川博之 清水靖晃
63 1991年
9月21日
A
おんなの朝
(New Attack Version)
西沢爽 米山正夫 浜口茂外也
B
スカーレット・ドリーマー
(New Attack Version)
小谷夏 都倉俊一 鈴木茂
64 1991年
10月23日
A
駄目な時ゃダメよ 三浦弘 竜崎孝路
B
愛はまぼろし 高田弘
65 1992年
4月23日
A
火の鳥 秋元康 三木たかし 飛澤宏元
B
ルフラン-愛の海- 新本創子 中川博之 竜崎孝路
66 1992年
10月21日
A
女と男[24] 三浦弘 竜崎孝路
B
雨無情 たきのえいじ 叶弦大 前田俊明
67 1993年
4月21日
A
うたかたの夢 たかたかし 叶弦大 前田俊明
B
夜に咲く花
68 1993年
10月21日
- ふたりが一番[25] 秋元康 深大郷 竜崎孝路
69 1993年
11月21日
A
オイ・オイ賛歌 秋元康 後藤次利 服部隆之
B
深海魚 伊藤薫 若草恵
70 1994年
3月21日
A
昔あなたを愛した 秋元康 都志見隆 川村栄二
B
ヨルノ、ロッポンギ 松本一起 林哲司
71 1994年
7月21日
A
おだまり[26] 吉幾三 野村豊
B
花の港 新本創子 関野幾生 竜崎孝路
72 1994年
11月21日
A
冬子のブルース 星野哲郎 鏑木創 竜崎孝路
B
夜のピアノ
73 1995年
3月24日
A
幸せになりたい 高畠じゅん子 中川博之 前田俊明
B
恋愛裁判 新本創子 竜崎孝路
74 1996年
2月21日
A
北国夜曲 池田充男 水森英夫 前田俊明
B
風の夜汽車
75 1997年
2月26日
A
慕情 池田充男 水森英夫 前田俊明
B
恋枕
76 1998年
2月25日
A
別れの旅路 たかたかし 中川博之 前田俊明
B
愛のめぐりあい
77 1998年
8月26日
A
HUN! 恵谷るり 山田ゆうすけ 若草恵
B
まちがい男女 さいとう大三 新井利昌
78 1999年
1月21日
A
地上の愛[27] イルカ 鈴木茂
B
地上の愛
(カラオケ)
- イルカ
79 1999年
3月18日
A
女の翼 岡田冨美子 浜圭介 今泉敏郎
B
濡れた真珠
80 1999年
8月25日
A
永遠にバラの時を 水木れいじ 弦哲也 竜崎孝路
B
時という名の岸辺で
81 1999年
9月22日
A
大変ね[28] 岡田冨美子 浜圭介 若草恵
B
むらさき酒場 たかたかし 中川博之 前田俊明
82 1999年
11月10日
- 泣きながら夢を見て[29] ちあき哲也 杉本真人 栗本修
2000年代
83 2000年
3月16日
A
東京ホテル 池田充男 水森英夫 前田俊明
B
留恋 星野哲郎
84 2001年
1月21日
A
双子座生まれ ちあき哲也 中川博之 小杉仁三
B
淑女のルンバ
85 2001年
8月1日
A
恋女 池田充男 水森英夫 前田俊明
B
哀愁のレンガ通り 志賀大介 三島大輔
86 2002年
3月21日
A
女のひとりごと 山田孝雄 三島大輔 前田俊明
B
夜の川 かず翼 彩木雅夫 伊戸のりお
87 2002年
8月21日
A
湯沢の女 吉岡治 弦哲也 前田俊明
B
紅蓮のブルース 新本創子 関野幾生 竜崎孝路
88 2002年
12月5日
A
待ちわびて〜華王〜[30] 紫ひろゆき 南エイジ
B
待ちわびて〜華王〜
(オリジナルカラオケ)
-
89 2003年
5月21日
A
泣かんとこ 吉岡治 弦哲也 前田俊明
B
てまり 幸田りえ 今泉敏郎
90 2004年
2月25日
A
納沙布みれん 水木れいじ 水森英夫 前田俊明
B
情無しのタンゴ
91 A
時という名の岸辺で 水木れいじ 弦哲也 竜崎孝路
B
加茂川ブルース 山岸一二三 山岸之起 神保雅彰
92 2005年
4月1日
A
愛は煌めいて 高畠じゅん子 中川博之 前田俊明
B
赤坂ブルース 竜崎孝路
93 2005年
8月24日
A
神威岬 水木れいじ 水森英夫 伊戸のりお
B
三日月よ
私とワルツを踊れ
幸田りえ 弦哲也 川村栄二
94 2006年
5月10日
A
赤い鴎 里村龍一 徳久広司 前田俊明
B
冬の川 川村栄二
95 A
愛の讃歌 永田文夫 M.Monnot 今泉敏郎
B
映画のように 水木れいじ 琴姫 川村栄二
96 2006年
10月1日
A
長崎みれん 水木れいじ 水森英夫 前田俊明
B
金曜日の女
97 2007年
6月13日
A
古都情念 高畠じゅん子 中川博之 今泉敏郎
B
百人の男 山口洋子 伊藤雪彦 竜崎孝路
98 2008年
5月7日
A
淡雪のひと 水木れいじ 水森英夫 前田俊明
B
銀座のマキ 影山マキ 宮川つとむ
99 2009年
2月4日
A
愛は嫉妬 たかたかし 中川博之 若草恵
B
純子の涙
100 2009年
10月7日
A
この青空の下で 荒木とよひさ 弦哲也 川村栄二
B
虞美人草 星野哲郎 桜田誠一 庄司龍
2010年代
101 2010年
6月2日
A
お金をちょうだい
〜プラチナバージョン〜
星野哲郎 中川博之 矢田部正
B
軽蔑2010 吉田旺 彩木雅夫
102 2010年
10月20日
A
アカシア雨情 森坂とも 水森英夫 前田俊明
B
面影 麻こよみ
103 2011年
6月8日
A
涙はキランの泉 田久保真見 原田兄弟 矢田部正
B
グランパの黒猫 多々納好夫
104 2012年
2月9日
A
たまらなく淋しくて 石原信一 弦哲也 川村栄二
B
明日への橋 菅麻貴子 八木架寿人
105 2012年
9月5日
A
金の月 原文彦 弦哲也 川村栄二
B
女王蜂 及川眠子 徳久広司
106 2013年
5月8日
A
生きる 矢田部道一 S.Lebel 船山基紀
B
歌いつづけて J.Barnell
107 2014年
11月5日
A
雨がつれ去った恋 高畠じゅん子 中川博之 前田俊明
B
今夜は華になる 神野悠斗 矢田部正
108 2015年
12月2日
A
吾妻橋で待つ女 仁井谷俊也 水森英夫 前田俊明
B
甘い罠 神野悠斗 矢田部正
109 2017年
2月8日
A
十三夜月 かず翼 三木たかし 南郷達也
B
宇奈月の夜 相川のぼる
宇佐英雄
宇佐英雄 井上忠也
110 2018年
2月7日
A
春待ち坂 麻こよみ 水森英夫 南郷達也
B
射手座の女 ちあき哲也 中川博之 矢田部正
111 2019年
1月16日
A
愛染橋を渡ります 麻こよみ 木村竜蔵 矢田部正
B
にっぽん唄めぐり

アルバム編集

  • 想い出おんな 美川憲一女ごころをうたう(1971年9月)
  • 別れの詩(うた) 美川憲一女ごころを唄う(1972年3月)
  • 美川憲一 デラックス・アルバム(1973年)
  • 星占い HOROSCOPE 美川憲一女ごころをうたう(1973年6月)
    • 12曲すべて女の心の表情を星座をモチーフに描かれている。
    • 1.火曜日の扉(おひつじ座)
    • 2.グッドバイ(おうし座)
    • 3.双子座生れ(ふたご座)
    • 4.かりそめのブルース(かに座)
    • 5.ふたりの朝(しし座)
    • 6.今日から私は(おとめ座)
    • 7.嫉妬(てんびん座)
    • 8.さそり座の女(さそり座)
    • 9.射手座の女(いて座)
    • 10.愛のかたち(やぎ座)
    • 11.淡雪のひと(みずがめ座)
    • 12.わたしは恋する女(うお座)
    • 1.5.7.11は岩下志麻の台詞入り。
  • 全曲集 -よせよ-(1989年2月21日)
  • 全曲集 -てんで話にならないわ-(1989年10月21日)
  • 全曲集 -あんた-(1990年3月21日)
  • 美川憲一の「お元気?」(1991年1月21日)
  • 美川憲一の「お元気?PartII」(1991年3月21日)
  • GOLDEN PARADISE(1991年6月21日)
  • 美川憲一の「おだまり!」からくちトークとヒット曲集(1991年7月21日)
  • 全曲集〜駄目な時ゃダメよ・さそり座の女〜(1991年10月23日)
  • 天衣無縫(1992年3月16日)
  • 全曲集〜火の鳥・さそり座の女〜(1992年6月21日)
  • Demande/美川憲一魅惑のシャンソン(1992年8月21日)
  • 美川憲一スタンダード歌謡を歌う(1992年10月21日)
  • 美川憲一 8&8(1992年11月5日)
  • 美川憲一のオシャレなX'mas(1992年11月10日)
  • 星占い HOROSCOPE 美川憲一女ごころをうたう(1993年4月21日)
    • 1973年のアルバムを再発売。
  • 美川憲一/決定盤(1993年6月21日)
  • 全曲集〜うたかたの夢・さそり座の女〜(1993年11月21日)
  • 美川憲一ツインCDスペシャル(1994年8月21日)
  • 全曲集〜おだまり・さそり座の女〜(1994年11月21日)
  • 全曲集〜幸せになりたい・新潟ブルース〜(1995年10月21日)
  • ベスト・コレクション〜幸せになりたい・花冷え(1996年2月21日)
  • 美川憲一大全集(1996年10月9日)
  • 全曲集〜北国夜曲・さそり座の女〜(1996年10月23日)
  • ツインパックスペシャル(1997年2月26日)
  • ブルース・女・夜(1997年8月21日)
  • 全曲集〜慕情・北国夜曲〜(1997年10月22日)
  • 全曲集〜別れの旅路・HUN!〜(1998年10月21日)
  • ツイン・パック -女の翼・シェルプールの雨傘-(1999年3月18日)
  • 愛の讃歌〜越路吹雪さんに捧ぐ〜(1999年9月1日)
    • 35周年記念盤(記念盤との表記は今作のみであり40周年、45周年は芸能生活○○周年記念 シャンソン・アルバムと表記)
    • オリジナル楽曲「この胸で泣きなさい」(作詞:岩谷時子、作曲:三木たかし、編曲:若草恵)を収録。
  • 全曲集〜永遠にバラの時を・女の翼〜(1999年10月21日)
  • ツイン・パック -柳ヶ瀬ブルース・永遠にバラの時を-(2000年3月1日)
  • 全曲集〜東京ホテル・さそり座の女〜(2000年11月22日)
  • ツイン・パック -双子座生まれ・さそり座の女-(2001年2月21日)
  • 全曲集〜恋女・柳ヶ瀬ブルース〜(2001年10月25日)
  • ツイン・パック -柳ヶ瀬ブルース・恋女-(2002年2月21日)
  • 全曲集〜湯沢の女・さそり座の女〜(2002年10月23日)
  • ツイン・パック -湯沢の女・柳ヶ瀬ブルース-(2003年1月22日)
  • 全曲集〜泣かんとこ・湯沢の女〜(2003年10月22日)
  • ツイン・パック -納沙布みれん・永遠にバラの時を-(2004年2月25日)
  • 人生はシネマのように(2004年9月17日)
    • 芸能生活40周年記念シャンソンアルバム
    • 「三日月よ私とワルツを踊れ」(作詞:幸田りえ、作曲:弦哲也、編曲:川村栄二)は2005年に「神威岬」のc/wとして収録。
    • 「明日への橋」(作詞:菅麻貴子、作曲:八木架壽人、編曲:川村栄二)は2012年に「たまらなく淋しくて」のc/wとして収録。
  • 全曲集〜納沙布みれん・さそり座の女〜(2004年10月21日)
  • ツイン・パック -愛は煌めいて・赤坂ブルース-(2005年4月1日)
  • 全曲集〜神威岬・さそり座の女〜(2005年10月5日)
  • スーパーベスト -柳ヶ瀬ブルース・さそり座の女-(2005年12月11日)
  • ツイン・ベスト -神威岬・湯沢の女-(2006年1月11日)
  • 美川憲一特選集 -赤い鴎・愛の讃歌-(2006年6月7日)
  • 全曲集〜長崎みれん・納沙布みれん〜(2006年11月8日)
  • ツイン・ベスト -長崎みれん・愛の讃歌-(2007年1月10日)
  • 美川憲一旅情歌謡演歌ベスト/長崎みれん(2007年4月4日)
  • 「古都情念」〜美川憲一情念を唄う〜(2007年9月5日)
  • 全曲集 -古都情念-(2007年11月7日)
  • 美川憲一ゴールドセレクション(2008年3月5日)
  • 全曲集〜淡雪のひと・明日への橋〜(2008年11月5日)
  • 美川憲一ドラマチック・シャンソン〜モンパルナスの肖像(2009年6月3日)
    • 芸能生活45周年記念シャンソンアルバム
    • 同年にライフワークとしているコンサート「ドラマチック・シャンソン」が10周年となりタイトルが「ドラマチック・シャンソン」となった。
  • 全曲集〜この青空の下で・さそり座の女〜(2009年11月4日)
  • 全曲集〜アカシア雨情・さそり座の女〜(2010年11月3日)
  • 美川憲一Best〜柳ヶ瀬ブルース・新潟ブルース〜(2012年3月20日)
    • クラウン名曲CD文庫シリーズ
  • 全曲集〜金の月・柳ヶ瀬ブルース〜(2012年10月3日)
  • 全曲集〜生きる・さそり座の女〜(2013年10月2日)
  • 全曲集〜さそり座の女・新潟ブルース〜(2014年10月4日)
  • 全曲集〜雨がつれ去った恋・さそり座の女〜(2015年11月4日)
  • 全曲集〜吾妻橋で待つ女・さそり座の女〜(2016年9月7日)
  • 美川憲一ツイン・パック(2018年5月2日)
  • ドラマチック シャンソン〜生きる〜(2018年8月29日)
    • 2019年「ドラマチック・シャンソン」コンサート20周年を前に先駆けて発売された。
    • 同アルバムにはシングル版「生きる」も収録。
  • 全曲集〜春待ち坂・さそり座の女〜(2018年9月5日)

著書編集

  1. とにかく、読んで!時の流れのままに(1989年12月1日)
  2. 芸能界 みんなおだまり!(1991年3月1日)
  3. もっと元気だしなさいよ‼(1991年5月1日)
  4. 真面目な本 − 今こそアタシの時代(1991年6月1日)
  5. 本日開店!いまどきの悩み相談室 まとめて「面倒」みちゃうわよ(1991年7月1日)
  6. 芸能界 大きなお世話よ!(1991年9月1日)
    • 「みんなおだまり!」第2弾
  7. 美川流 ワタシいつも一生懸命よ(1994年3月1日)
    • 波乱な歌手生活を送る美川の自分史
  8. 私のコト、みんな教えちゃうわ(1994年9月1日)
  9. これでキレイにならなきゃウソよ!(2002年2月1日)
    • ダイエット本

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 衣装・備考
1968年(昭和43年)/第19回 釧路の夜 15/23 中村晃子
1969年(昭和44年)/第20回 2 女とバラ 17/23 高田恭子
1970年(昭和45年)/第21回 3 みれん町 8/24 弘田三枝子
1971年(昭和46年)/第22回 4 想い出おんな 3/25 和田アキ子
1972年(昭和47年)/第23回 5 銀座・おんな・雨 14/23 藤圭子
1973年(昭和48年)/第24回 6 さそり座の女 5/22 朱里エイコ
1974年(昭和49年)/第25回 7 はしゃぎすぎたのね 11/25 山本リンダ
1991年(平成3年)/第42回 8 さそり座の女(2回目) 12/28 Mi-Ke
1992年(平成4年)/第43回 9 火の鳥 12/28 森高千里
1993年(平成5年)/第44回 10 うたかたの夢 9/26 DREAMS COME TRUE
1994年(平成6年)/第45回 11 おだまり 20/25 小林幸子(1)
1995年(平成7年)/第46回 12 幸せになりたい 18/25 小林幸子(2)
1996年(平成8年)/第47回 13 北国夜曲 17/25 森口博子
1997年(平成9年)/第48回 14 慕情 15/25 天童よしみ(1)
1998年(平成10年)/第49回 15 別れの旅路 13/25 華原朋美
1999年(平成11年)/第50回 16 永遠にバラの時を 20/27 川中美幸
2000年(平成12年)/第51回 17 東京ホテル 18/28 小柳ゆき
2001年(平成13年)/第52回 18 恋女 23/27 森昌子
2002年(平成14年)/第53回 19 湯沢の女 19/27 小林幸子(3)
2003年(平成15年)/第54回 20 さそり座の女2003(3回目) 21/30 小林幸子(4)
2004年(平成16年)/第55回 21 納沙布みれん 9/28 Every Little Thing
2005年(平成17年)/第56回 22 愛の讃歌 9/29 倉木麻衣
2006年(平成18年)/第57回 23 さそり座の女2006(4回目) 9/27 大塚愛
2007年(平成19年)/第58回 24 さそり座の女2007(5回目) 1/27 ハロー!プロジェクト
10周年記念紅白スペシャル隊
モーニング娘。/Berryz工房/℃-ute
2008年(平成20年)/第59回 25 さそり座の女2008(6回目) 2/26 GIRL NEXT DOOR
2009年(平成21年)/第60回 26 さそり座の女2009(7回目) 8/25 天童よしみ(2)
  • 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある()はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。

出演歴編集

テレビバラエティ編集

(☆は不定期出演)

1991年1月7日〜1月11日 第1回ゲストで初めての歌のゲスト
準レギュラー 常連としてさまざまな芸能人とコンビを組んで最終回まで毎年のように出演し、食用ラクダ、食用激辛料理等を食していた
審査員担当 先述の珍品料理と同スタッフからかこちらも顕著に出演していた
ボビー・オロゴンとの共演。
2015年10月はコロッケと出演、2017年8月にも出演。
2018年、骨折を経験してから約一ヶ月後となる3月に車椅子で出演。また8月にも出演し「愛の讃歌」を歌唱した。
同年10月にはゲスト奥村チヨに美川はVTR、佐良直美は手紙でメッセージを送った。
  • みんなの県民SONG!

歌謡ポップスチャンネル

様々な都道府県で地元民に愛される名曲を美川とゲストが調査する番組。
    • 第1弾 〜新潟うた旅情編〜
ゲスト:「島崎和歌子
出演した県民を招待しミニライブを番組で毎回行うスペシャルライブを美川と島崎で開催。
    • 第2弾 〜兵庫うた旅情編〜
ゲスト:「森口博子
スペシャルライブを美川と森口で開催。
    • 第3弾 〜北海道うた旅情編〜
ゲスト:「原口あきまさ
上記にあるさっぽろ雪まつり2015にて特設ステージでスペシャルを開催した。
    • 第4弾 〜金沢うた旅情編〜
ゲスト:「テツandトモ
スペシャルライブを美川とテツandトモで開催。
    • 第5弾 〜名古屋うた旅情編〜
ゲスト:「城之内早苗
名古屋女子大学文化祭内のファッションショーにスペシャルゲスト出演。
スペシャルライブを美川と城之内で開催。
    • 第6弾 〜愛媛うた旅情編〜
ゲスト:「三船美佳
スペシャルライブを開催。三船は歌唱初披露。
    • 第7弾 〜秋田うた旅情編〜
ゲスト:「森口博子」
スペシャルライブを美川と森口で開催。
    • 第8弾 〜大分うた旅情編〜
ゲスト:「テツandトモ」
スペシャルライブを美川とテツandトモで開催。
    • 第9弾 〜島根うた旅情編〜
ゲスト:「徳永ゆうき
スペシャルライブを美川と徳永で開催。
2月15日の放送からの新コーナー「2人のショータイム!」に伍代夏子と共に最初の出演者となった。
10月4日の放送では「ドラマチック歌謡曲スペシャル」と題した企画で各出演者が女の情念を歌ったヒット曲をカバーした。美川はナレーションを務めながら自身の楽曲である「三面記事の女」、「軽蔑」を披露した。番組最後には「新潟ブルース」の歌唱で締めた。

テレビドラマ作品編集

  • 特別機動捜査隊 第353話「年上の女」(1968年、NET / 東映テレビプロ) - 本人役(特別出演)
  • 月曜ドラマスペシャル 愛の痛み(1990年12月24日、TBS)
  • 金曜エンタテイメント
    • おだまりコンビ 芸能界殺しのパズル(1999年6月18日、フジテレビ系2時間ドラマ)− 岬倫太郎(昔は売れていたスター演歌歌手)
    • おだまりコンビ2 芸能界殺しのシナリオ あの最強コンビが帰ってきた(2000年2月25日)
    • おだまりコンビ3 芸能界殺しのオルゴール (2000年10月6日)
    • おだまりコンビ4 芸能界・殺しの輪舞 (2002年2月15日)
  • 危ネェ二人・占い師・伊吹圭の事件ファイル(2005年11月18日、フジテレビ)
  • 午後の名作ドラマ劇場 黒蠍BSフジ
おだまりコンビシリーズと同じ岬倫太郎役だが設定が大幅に変更追加されている。
2018年1月よりスタートする帯ドラマの直前スペシャルに出演。
さらに本放送の第54話にて若き日の美川憲一本人役として出演を果たす。

コマーシャル・フィルム編集

共演:ちあきなおみ
共演:神田うの
声のみで出演

WEB編集

映画編集

舞台編集

  • 座長公演「美川憲一のおだまり!劇場」(2013年、中日劇場)

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ “美川憲一の年齢詐称発覚 実は73歳だった”. デイリー新潮. (2018年3月26日). https://www.dailyshincho.jp/article/2018/03260559/ date=2018-03-26閲覧。 
  2. ^ 2018年3月26日現在の公式サイト内プロフィールでの公表生年月日[1]
  3. ^ a b c 【転機 話しましょう】(18)歌手の美川憲一さん「悪いあとには、良い時がくるの」”. MSN産経ニュース (2011年3月13日). 2012年8月11日閲覧。
  4. ^ 10年前ニュース”. 「梨元勝の恐縮です!」アーカイブス (2006年4月24日). 2012年8月11日閲覧。
  5. ^ “美川憲一生みの母亡くなっていた…仕事で最期看取れず”. ZAKZAK. (2006年7月27日). http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_07/g2006072703.html 2012年8月11日閲覧。 
  6. ^ 原曲は2年前に宇佐によって作られた「長岡ブルース」
  7. ^ 2015年10月12日テレビ番組『徹子の部屋』に美川とコロッケが出演した際に語った。
  8. ^ a b “美川憲一も…事務所社長と関係悪化で独立”. ニッカンスポーツ. (2012年8月11日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20120811-998723.html 2012年8月11日閲覧。 
  9. ^ “美川憲一 独立会見 社長と和解 幸子にエール”. 中日スポーツ. (2012年9月6日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2012090602000148.html 2012年9月6日閲覧。 
  10. ^ “美川憲一が前事務所から提訴 約2億請求”. nikkansports.com. (2013年12月12日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20131212-1230454.html 2013年12月13日閲覧。 
  11. ^ TBS「情報7daysニュースキャスター」 2014年3月1日放送分より
  12. ^ “前所属事務所の請求棄却 歌手の美川憲一さん独立をめぐり”. nikkansports.com. (2015年7月16日). http://www.sankei.com/affairs/news/150716/afr1507160020-n1.html 2015年7月16日閲覧。 
  13. ^ 平成25年(ワ)第32688号
  14. ^ 2016年1月26日に控訴は棄却された(平成27年(ネ)10106号)。
  15. ^ 『レコ大』司会、2年連続で安住アナ&仲間由紀恵 クマムシに特別賞”. ORICON STYLE (2015年11月20日). 2015年11月20日閲覧。
  16. ^ 『ZAKZAK』2014年7月5日付
  17. ^ 「この歌に 作詞、作曲・宇佐 秀雄 柳ヶ瀬ブルース 1 曲に教えられ 励まされ」『読売新聞』1992年(平成4年)10月4日付日曜版4-5面。
  18. ^ “美川憲一「悪魔がささやくの」薬物依存の体験語る”. ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. (2016年9月7日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1706357.html 2016年9月7日閲覧。 
  19. ^ 美川、宮沢りえの婚約「ぶっ壊した」 Daily Sports Online 2014年10月6日
  20. ^ B面は橋本直美森雄二とサザンクロスによるデュエット楽曲「四国のおばあちゃん」。
  21. ^ 黒沢明とロス・プリモスの同名曲のカバー。
  22. ^ 当初は「玉三郎のように」という曲名で発売予定で、歌詞の「玉姫様のように」の部分も「玉三郎のように」であったが、発売直前に坂東玉三郎側からクレームが入り、曲名と歌詞を変更することとなった。
  23. ^ 黒沢明とロス・プリモスの同名曲のカバー。
  24. ^ 水前寺清子とのデュエット。
  25. ^ 瀬川瑛子とのデュエット。黄桜・CMソング。カップリングは瀬川瑛子の「酒のこころ」。
  26. ^ 本楽曲は、NHKの音楽番組「ふたりのビッグショー」において、吉幾三が美川に作曲したての楽譜をプレゼントし、吉のギター1本を伴奏に二人で楽譜を見ながら歌唱された。
  27. ^ イルカとのデュエット。
  28. ^ NHKのテレビドラマ「スキッと一心太助」主題歌。
  29. ^ 佳山明生とのデュエット。カップリングは佳山明生の「ひざかけ」。
  30. ^ 小林幸子とのデュエット。

外部リンク編集