美術モデル
美術モデル(びじゅつモデル)とは、絵画、彫刻、版画、素描、クロッキーなど、あらゆる美術作品に資するための人体モデルである。絵のモデルについては絵画モデル(かいがモデル)とも呼ばれる。
概要編集
日本では、明治時代には芸用モデルといわれていたが、戦後外来語が多用される時代に至りデッサン[1]モデル、クロッキー[2]モデル、美術モデルなどと、用途や使命によって呼ばれ方が変わる。“写真起こし”では得られない、生身の立体モチーフでの練習などでは必要である。
美術モデルは、フリー・モデル(美術モデルの派遣事務所等に所属していないモデル)もいれば、専業としている美術モデル(美術モデルの派遣事務所に所属しているモデル)もいる。またダンサー、美術、舞踏、バレエ、現代舞踊、演劇、音楽系の仕事をしていて(あるいは目指しながら)兼業として美術モデルをしている人も多い。主婦やOL、パート、アルバイトのモデルもいる。
美術モデルは、立ち・座り・寝ポーズの基本的ポーズをとるのが普通である。ポーズは通常、毎回同じポーズをとる場合と、毎回違うポーズをとる場合がある。前者は「固定ポーズ」、後者は「クロッキー」と呼ばれることが多い。クロッキーの場合は短時間でモチーフの形状をつかむことを主眼に行われる。そのため、5分以下で順次ポーズを変えることもしばしば行われる。その他に、静止せずにずっと動き続けている、「ムービング」と呼ばれるものもある。
20分間ポーズをとり、5分間から10分間の休憩を挟むのが一般的である。20分ポーズを6回とし、ポーズと休憩の合計時間は、2~3時間というケースが多い。
美術モデルとして求められるのは、ポーズ中動かないこととされている。固定ポーズの場合は、休憩をはさんでも同じポーズを取る。その場その場での要望に応じたポーズが取れる者は、優れたモデルとされる。また、ポーズはモデルに任せられることも多い。画学生や画家の要望に応じ、ポージングしていく能力があれば、さらに評価が高くなる。未経験者を起用する場合もあれば、モデル紹介所に所属している、経験豊富なプロのモデルを起用する場合もある。裸婦モデルをつとめられるモデルは、モデル経験がなくても需要が多いので、難しく考えず問い合わせることが第一歩となる。
なお、美術モデルとは、「芸術の分野に於ける創作活動に従事するモデル」であり、芸能関係やファッション関係のモデルとは異なる職業である。外国の例についていえば、熱心なキリスト教徒の場合、ヌードを嫌い着衣モデルを起用することもあるが、裸体がアートの基礎であると考えるクリスチャンは、ヌード・モデルを起用することもある。[3]
歴史編集
ルーブル美術館の入館案内書の記述によれば、美術モデルは紀元前からその存在は確認されているとあり、モデルと名のつく物の中では最古の存在であるとの説もある。日本では、江戸時代の浮世絵や春画にも裸婦像がみられる。春画の場合、上半身には着物を着ている場合も多い。明治時代、1889年に東京美術学校が開校し、1896年には黒田清輝の帰国により、西洋画科を設置した。ヌード・モデルを必要としたが、モデルの女性がなかなか見つからない。その際、学校に勤めていた女性が私ではいかがでしょうと申し出て、美術学校初のヌード・モデル・デッサンが実現した[4]。宮崎菊という女性が裸婦モデルをしたのが最初とされるが、彼女はその後「宮崎モデル屋」を開設し、運営したという[5]。
現在は、美術モデルの斡旋を専門にしているモデル事務所に所属する、プロの美術モデルも存在する。プロの美術モデルには、ヌードのみを専門にするモデル(ヌードモデル・裸婦モデル)だけでなく、衣装を装った仕事のみを専門にするモデル(コスチュームモデル・着衣モデル)、ヌードと衣装の両方の仕事をするモデルなど、様々なモデルがいる。
詳細編集
著名な美術モデルとしては、オードリー・マンソン[6]やモンパルナスのキキ[注 1]などがいた。オードリー・マンソンは美術モデルの他に女優や作家も兼業していた。オードリーは1915年11月18日公開のアメリカ製サイレント映画『Inspiration (en)』で、映像作品で初めてヌードになった女優とも言われている[7]。美術モデル、裸婦モデルは、構図や採寸の基本となる骨格や筋肉のつき方を習得するのに最適である。また人体そのものが曲線を含むため、モチーフとしてもきわめて追求しがいのあるものである。体型や年齢としてはさまざまな体型、年齢のモデルを描くのが理想であるが、モデルを確保するのは大都市部の美術系大学や絵画教室以外の地方都市では、かなり困難である。中高年のモデル希望者も減っていることから、標準体型か痩せ型の若いモデルが増加している。
モデルの需要としては、現在ではモデルを使用するのが絵画系の美大や絵画教室だけでなく、デザイン系、マンガ系、服飾系など様々な学校から個人的なサークル、事業所まである。ヌードモデルから、民族衣装・バレエ衣装などの舞踊衣装・職業制服・ドレス・平服(カジュアルな服装)等の様々な衣装を着用する着衣モデルまで、業務内容も多様である。
プロの美術モデルの場合は、ヌードモデルのみを専門にしているモデルも、着衣モデルのみを専門にしているモデルも存在しているが、女性ヌードモデルの需要が圧倒的に多い。着衣のモデルの場合、自前の民族衣装やバレエの衣装を用いることも多い。
美術モデルの需要について見ると、男性はきわめて少なく、女性モデルの比率が圧倒的に高い。学校によっては、女性モデルしか使用しないが、男性を雇用する施設もあり、要は講師の考え方しだいである。
美術モデルの謝礼報酬は、大都市部の裸婦モデルで1時間3000円、地方で1時間2500円に交通費を加えた額を支払う場合が多い。美術モデル事務所等に所属している美術モデルの場合には、各々の事務所規定の報酬となる。
クロッキー会や絵画教室、美術大学では、裸婦モデルがポーズ中は室内へ入らないことがルールである。エチケットを守って、裸婦モデルに気持ち良く仕事をしてもらうことを心掛けたい。また、ヌードモデル・着衣モデルに関わらず、モデルへのプライベートな質問をしない、というのが暗黙の了解である。
主な美術モデル編集
アリス・プラン、オードリー・マンソン、オリーヴ・トーマスらが特に有名である。生年、没年は不要。モデルのリストが必要な研究者は、Category:美術モデルを参照。
- ジョアンナ・ヒファーナン - 1843年頃~1903年以降。アイルランド人。画家の恋人。クールベの『眠り』でヌードモデルを務めた。
- ヴィクトリーヌ・ムーラン - 1844年~1927年。フランス人。美術モデル、画家。マネのモデルを務めた。
- カミーユ・クローデル - 1864年~1943年。フランス人。彫刻家。ロダンのモデルを務めた。
- イヴリン・ネズビット - 1884年か1885年~1967年。アメリカ人。美術モデル、歌手、女優。
- オードリー・マンソン - 1891年~1996年。アメリカ人。美術モデル、女優。女優としては、1915年の映画『inspiration (en)』、1916年の映画『Purity (en)』に出演。
- ジャンヌ・エビュテルヌ - 1898年~1920年。フランス人。画家。モディリアーニのモデルを務めた。
- オリーヴ・トーマス - 女優。美術モデル。
- アリス・プラン - 1901年~1953年。フランス人。歌手、女優、美術モデル、画家。「モンパルナスのキキ」と呼ばれた。ユトリロら多くの画家と友人になった。
- 「宮崎モデル屋」モデル
脚注編集
注釈編集
- ^ キキは美術モデルだけでなく、女優、歌手としても活動した。
出典編集
- ^ http://kotobank.jp/word/デッサン-576188
- ^ http://kotobank.jp/word/クロッキー-57997
- ^ “POLICY ON THE USE OF NUDE MODELS IN ART”. Gordon University, Department of Art.. 2012年11月23日閲覧。
- ^ 「裸婦ポーズ集―Let’sダ・ヴィンチ」若林利重・藤田恒夫、p.107
- ^ 若林・藤田 2002, p. 107.
- ^ http://www.imdb.com/name/nm0613242/
- ^ http://www.imdb.com/name/nm0613242/
参考文献編集
- 若林利重、藤田恒夫『裸婦ポーズ集―Let’sダ・ヴィンチ』六耀社、2002年10月1日。OCLC 166705955。ISBN 4-89737-449-9、ISBN 978-4-89737-449-9。
Recommended books編集
- 浅尾丁策『金四郎三代記―谷中人物叢話』芸術新聞社、1986年6月1日。OCLC 673940461。ISBN 4-87586-008-0、ISBN 978-4-87586-008-2。
- 浅尾丁策『昭和の若き芸術家たち―続金四郎三代記[戦後篇]』芸術新聞社、1996年10月1日。OCLC 40786376。ISBN 4-87586-225-3、ISBN 978-4-87586-225-3。
- 小林範子『ある美術モデルの肖像』大陸書房、1985年8月。OCLC 674377429。ISBN 4-8033-0927-2、ISBN 978-4-8033-0927-0。
- 長島はちまき『美術モデルのころ』バジリコ、2005年10月1日。OCLC 676282552。ISBN 4-901784-73-0、ISBN 978-4-901784-73-3。
- 若林利重、藤田恒夫『裸婦ポーズ集―Let’sダ・ヴィンチ』六耀社、2002年10月1日。OCLC 166705955。ISBN 4-89737-449-9、ISBN 978-4-89737-449-9。
English books編集
- Lipton, Eunice (1992) (英語). Alias Olympia : a woman's search for Manet's notorious model & her own desire. Ithaca: Cornell University Press. ISBN 978-0-8014-8609-8. NCID BA5133799X. OCLC 477114490
- Steiner, Wendy (2010) (英語). The Real Thing: the Model in the Mirror of Art (1st Edition ed.). Chicago: University of Chicago Press. OCLC 780967262ISBN 0-2267-7219-5, ISBN 978-0-2267-7219-6.
- Waller, Susan (2006) (英語). The Invention of the Model: Artists and Models in Paris, 1830–1870. Burlington, Vermont: Ashgate Publishing. OCLC 994205766ISBN 0-7546-3484-1, ISBN 978-0-7546-3484-3.
関連項目編集
外部リンク編集
- 美術モデル研究室(HP閉鎖 アーカイブ)