翼賛政治体制協議会

翼賛政治体制協議会(よくさんせいじたいせいきょうぎかい、旧字体: 翼󠄂贊政治體制協議會)は翼賛選挙の推進団体。略称は「翼協」。

概要編集

1942年(昭和17年)2月に結成された。東条内閣太平洋戦争の戦況が日本に有利な中、帝国議会翼賛議会に転換させるため、2月18日に来る第21回衆議院議員総選挙に備え、候補者の推薦制度を導入することをこの日の閣議で決定した[1]。しかし、政府による候補者の推薦は重大な選挙干渉になるため、別の政治団体による推薦方式を採用した[1]。2月23日に軍部や財界など各界の代表者を招集し、翼賛政治体制協議会が発足した[1]。会長に元内閣総理大臣予備役陸軍大将阿部信行が就いた[1]。翼協は内務省に政事結社の届を出した。民間による自発的な運動という体裁を調えるために道府県単位の支部を結成し、会長が地元の有力者742名を支部長と支部会員に任命し[2]、軍部や警察が集めた情報をもとに衆議院の総定数と同じ466名を推薦した[1]。翼協の推薦候補者は選挙資金の援助を受けるなど、全面的な支援を受け、選挙戦を有利に戦った。4月30日の投票では推薦候補が381名当選した。選挙後の5月5日には目的を果たしたとして、解散した[1]

脚注編集

  1. ^ a b c d e f 『国史大辞典』第14巻、360頁。
  2. ^ 『世界大百科事典』第2版。

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集