聖トマス大学 (フィリピン)

聖トマス大学(せいとますだいがく、英語: University of Santo Tomas、公用語表記: Pamantasan ng Santo Tomás)は、マニラマニラ首都圏)に本部を置くフィリピン私立大学である。1611年創立、1611年大学設置。

聖トマス大学
Logotype of the University of Santo Tomas.svg
The UST Main Building.jpg
聖トマス大学の遠景
大学設置/創立 1611年
学校種別 私立
本部所在地 マニラマニラ首都圏
学生数 33,013
キャンパス マニラ
21.5ha
ウェブサイト http://www.ust.edu.ph
テンプレートを表示

サント・トーマス大学[1][2]あるいはサント・トマス大学[3]としても言及される。教職者の育成のためにカトリック大学として設立され、現存する大学の中ではアジア最古である[4]

歴史編集

1611年4月28日、マニラ大司教により設置されたカトリック学校が起源。当初はイントラムロスの中にあったが1927年に現在地に移転した。世界最大規模のカトリック系総合大学であり、これまで3人のローマ法王が訪問している。

戦時中、旧日本軍がアメリカ統治下の(厳密には暫定政府フィリピン・コモンウェルス[5]フィリピンに侵攻占領する際、この大学には[1]イギリス人アメリカ人[2]民間人を[6][7]敵国人として収容する[2]サント・トーマス収容所: Santo Tomas Internment Camp)が設けられた。

学部編集

神学、哲学(1611年) 法学(1734年) 医学(1871年) 文学(1896年) 工学(1907年) 教育、理学(1926年) 建築(1930年) 経済(1934年) 音楽(1945年) 看護(1946年) リハビリ(1974年) 芸術、体育(2000年) 会計(2005年) 観光(2009年) 情報(2014年) 法科大学院(2017年)

著名な卒業生編集

対外関係編集

アメリカ
カナダ
メキシコ
ブラジル
オーストラリア
ニュージーランド
タイ
マレーシア
韓国
中国
台湾
デンマーク
ドイツ
ウクライナ
イスラエル

日本における協定校編集

関連項目編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 日本のフィリピン占領期に関する史料調査フォーラム 編 編 『日本のフィリピン占領: インタビュー記録』龍溪書舎、1994年、387頁。ISBN 978-4-8447-8370-14-8447-8370-Xhttps://books.google.co.jp/books?id=DidMAQAAIAAJ&newbks=1&newbks_redir=0&printsec=frontcover&dq=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80&q=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80&hl=ja&redir_esc=y 
  2. ^ a b c 池端雪浦 編 編 『日本占領下のフィリピン』岩波書店、1996年、355頁。ISBN 4-00-001729-2https://books.google.co.jp/books?id=8YiwAAAAIAAJ&newbks=1&newbks_redir=0&printsec=frontcover&dq=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80&q=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80&hl=ja&redir_esc=y 
  3. ^ [1]」『海外における日本語教育の現状と問題点: 海外日本語講師研修会レポート』第10巻、 128頁。
  4. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説”. コトバンク. 2018年6月9日閲覧。
  5. ^ 谷川, 榮彦、木村, 宏恒 『現代フィリピンの政治構造』アジア経済研究所、1977年、35頁https://books.google.co.jp/books?newbks=1&newbks_redir=0&redir_esc=y&hl=ja&id=zW5DAQAAIAAJ&dq=%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%B3%E7%8B%AC%E7%AB%8B+%E6%9A%AB%E5%AE%9A%E6%94%BF%E5%BA%9C&focus=searchwithinvolume&q=%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%94%E3%83%B3%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E6%B3%95+%E6%9A%AB%E5%AE%9A%E6%94%BF%E5%BA%9C 
  6. ^ 金ケ江, 清太郎 『歩いてきた道―ヒリッピン物語―』国政社、1968年、536頁https://books.google.co.jp/books?id=ENUdAQAAMAAJ&newbks=1&newbks_redir=0&printsec=frontcover&dq=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80&q=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80&hl=ja&redir_esc=y 
  7. ^ 増田, 弘 『マッカーサー フィリピン統治から日本占領へ』中公新書、2009年、283頁https://books.google.co.jp/books?id=RC40AQAAIAAJ&newbks=1&newbks_redir=0&printsec=frontcover&dq=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80&q=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80&hl=ja&redir_esc=y 

参考資料編集

  • History”. University of Santo Tomas. 2014年9月21日閲覧。(英語)

外部リンク編集

座標: 北緯14度36分35秒 東経120度59分22秒 / 北緯14.609861度 東経120.989306度 / 14.609861; 120.989306