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肝付 兼英(きもつき かねふさ、1893年明治26年)7月29日[1] - 1974年昭和49年)11月22日[1][2])は、大正・昭和期の農林技師政治家華族貴族院男爵議員

経歴編集

海軍士官肝付兼行の長男として生まれる[1][3][4]。父の死去に伴い、1922年2月10日、男爵を襲爵した[1][3][5]

1923年早稲田大学理工学部を卒業した[2][3]。同年、農商務技手に就任[2]。以後、商工技手、資源局技師などを務めた[2][3]

1929年4月、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[6]公正会に所属して活動し、1947年5月2日の貴族院廃止まで三期在任した[2]。その他、廣田内閣内務参与官商工省参与、土木会議議員、国立公園委員会委員、中央塗装統制社長、静岡瓦斯監査役などを務めた[2][3]

親族編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e f 『平成新修旧華族家系大成』上巻、513頁。
  2. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』69-70頁。
  3. ^ a b c d e 『人事興信録』第14版 上、キ86頁。
  4. ^ 『華族畫報』下、880頁。
  5. ^ 『官報』第2857号、大正11年2月13日。
  6. ^ 『官報』第697号、昭和4年4月30日。

参考文献編集

  • 杉謙二編『華族畫報』下、吉川弘文館、2011年(華族画報社大正2年刊の複製)。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 上、1943年。


日本の爵位
先代:
肝付兼行
男爵
肝付(兼行)家第2代
1922年 - 1947年
次代:
華族制度廃止