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経歴編集

長野県南安曇郡三田村田尻(現・安曇野市堀金三田)出身。旧制松本中学(長野県松本深志高等学校)、旧制松本高等学校文科乙類を経て、1926年京都帝国大学文学部社会学科卒。1929年京大専任講師、ドイツ、米国、フランス留学後、1932年助教授、1944年教授、1945年「社会と民族」で文学博士。1949年京都大学文学部教授、1963年定年退官し名誉教授、その後は関西大学社会学部教授、帝塚山大学教授、佛教大学教授を歴任した[3][4]。1954年から1957年まで日本社会学会会長。1971年勲二等旭日重光章受勲。

著書編集

  • 『国家国民の象徴としての天皇』憲法調査会事務局 1960
  • 『社会学論集』創文社 1964
  • 『臼井二尚論攷抄』臼井光郎 1999
  • 『社会と民族』臼井光郎 1999

共編編集

  • 『哲学年鑑』第1ー2輯 木村素衛高坂正顕西谷啓治柳田謙十郎共編 靖文社 1943ー44
  • 『教養講座社会学』林恵海共編 有斐閣 1953
    • 『教養講座社会学』改訂版 林恵海、武田良三共編 有斐閣 1956
  • 『南津田 滋賀県湖東一農村の実態』編 村落社会研究会 1965
  • 『日本人の自殺』高坂正顕共編 創文社 1966

論文編集

脚注編集

  1. ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 2 (学術・文芸・芸術篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、162頁。
  2. ^ 『人物物故大年表』
  3. ^ 安曇野ゆかりの人物
  4. ^ 『京都大学文学部の百年』

関連項目編集

外部リンク編集