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般舟三昧経』(はんじゅざんまいきょう、: pratyutpannabuddha-saṃmukhāvasthita-samādhi-sūtra、略してpratyutpanna-samādhi-sūtra)は、大乗仏教の経典。サンスクリット原典は散逸し、チベット語訳と数種の漢訳経典が現存する。紀元前後に成立した最初期の大乗仏典のひとつであり、浄土経典の先駆と考えられる。精神統一によって仏の姿を現前に見ることを説く。

内容編集

般舟三昧(はんじゅざんまい)とは、心を集中することによって諸仏を眼前に見ることが出来る境地のことである。原語のpratyutpannabuddha-saṃmukhāvasthita-samādhiは、「現在の仏がことごとく前に立つ精神集中」の意で、その略語を音写して般舟三昧と言う。また、諸仏現前三昧(しょぶつげんぜんざんまい)ないし仏立三昧(ぶつりゅうざんまい)とも意訳される。

現存する仏典の中では、阿弥陀仏およびその極楽浄土 [注 1] について言及のある最古の文献 [注 2] であり、三昧によって極楽浄土の阿弥陀仏を現前に見ることが述べられている。このことから浄土経典の先駆と考えられる。 [注 3][1] ただし、極楽浄土への往生を願うのではなく、現世での般舟三昧の行によって見仏を目指す点に後世の浄土教信仰との相違がある。 [2] また一方で、この経典の「行品」に見られる空の思想 [注 4]般若経典に通じるものであり、 [注 5] この点でも空観を説くことが比較的少ない後世の浄土経典と趣を異にする。 [3][4][5]

諸本編集

漢訳編集

  • 訳者不明 『抜陂菩薩経』一巻 (大正大蔵経 No.419)
  • 後漢 支婁迦讖訳『般舟三昧経』三巻 光和2年(179年) (大正大蔵経 No.418)
  • 後漢 支婁迦讖訳『仏説般舟三昧経』一巻 光和2年(179年) (大正大蔵経 No.417)
  • 闍那崛多訳 『大集経』「賢護分」五巻 開皇15年(595年) (大正大蔵経 No.416)

以上の4本が現存し、このうち支婁迦讖訳三巻本および一巻本が多く用いられている。闍那崛多訳は内容が多く、後世の増補を含むと考えられる。三巻本と一巻本のいずれを真の支婁迦讖訳とするかは異説があるが、一般的には三巻本が支婁迦讖訳とされることが多い。 [6][7][8][9]

チベット語訳編集

  • 'phags-pa da-ltar-gyi sangs-rgyas mngon-sum du bzhugs-pa'i ting-nge-'dzin zhes-bya-ba theg-pa chen-po'i mdo (聖現在諸仏現前住立三昧大乗経)』 シャーキャプラバ(Śākyaprabha)、ラトナラクシタ(Ratnarakṣita) 訳

内容は漢訳の闍那崛多訳本とよく対応する。

サンスクリット本編集

完本は存在しないが、ルドルフ・ヘルンレ(Rudolf Hoernlé)が中央アジアで発見した断片がある。支婁迦讖訳の擁護品(闍那崛多訳で言えば称賛功徳品)の一部に相当する。

ガンダーラ語本編集

ガンダーラ語仏教写本の中に『般舟三昧経』の断片があることが報告されている[10]

後世の展開編集

  • 2~3世紀ごろ、インド大乗仏教の理論的大成者である龍樹(ナーガールジュナ/Nāgārjuna)は、『大智度論』および『十住毘婆沙論』において『般舟三昧経』の所説について言及している。[11][12]
  • 5世紀初頭の中国東晋時代、中国浄土教の先駆者である廬山の慧遠は、『般舟三昧経』にもとづく空観の完成を目指して観想念仏の行を実践して、念仏結社である白蓮社の祖と仰がれた。
  • 6世紀の中国随時代、天台宗を開いた智顗は、『摩訶止観』において、『般舟三昧経』にもとづく精神統一の行を説いた。この行法は「常行三昧(じょうぎょうざんまい)」とよばれ、後世の浄土教や禅宗にも影響を与えた。
  • 7世紀の中国唐時代、中国浄土教を確立した善導は、『般舟讃』において般舟三昧の行道の法を記している。
  • 12世紀、日本において浄土宗を開いた法然は、『選択本願念仏集』において、『般舟三昧経』から、「我が国に来生せんと欲せん者は、常に我が名を念じて休息せしむること莫れ。」の句を引用し、これを「選択我名」と呼んだ。
  • 13世紀、日本において浄土真宗を開いた親鸞は、『教行信証』において『般舟三昧経』から「余道に事うることを得ざれ、天を拝することを得ざれ、鬼神を祠ることを得ざれ、吉良日を視ることを得ざれ。」の句を引用し、「神祇不拝」を説いた。

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 支婁迦讖訳では阿弥陀仏の極楽浄土は梵語スカーヴァティー(sukhāvatī)の俗語形を音写して「須摩提」と表記される。
  2. ^ 西暦179年の支婁迦讖訳『般舟三昧経』が現存する最古の例である。西暦148年にはすでに安世高が『無量寿経』を漢訳したとも伝えられるが、欠本となっており現存しない。
  3. ^ 最初期の浄土経典である支謙訳『大阿弥陀経』(『無量寿経』の異本のひとつ)との関連が指摘される。
  4. ^ 「念仏を用うるが故に空三昧を得る」、「この三昧を証すれば空定なること知る」「解を以て空を見る者は一切想念無し」などの句がある。
  5. ^ 最初期の般若経典であり、『般舟三昧経』と同時期に漢訳された支婁迦讖訳『道行般若経』(『八千頌般若経』/『小品般若経』の異本のひとつ)との関連が指摘される。

出典編集

  1. ^ 平川 彰 「大乗経典の成立」『東洋学術研究』(106)、1984年、109-123頁。
  2. ^ 梯 信暁 「インドの浄土教」『大谷女子大学紀要』(31)、1996年、20-45頁。
  3. ^ 清野 宏道 「道元禅師の見仏思想」『駒沢大学仏教学部研究紀要』(72)、2014年、87-111頁
  4. ^ 幡谷 明 「親鸞教学と般舟三昧思想(上)」『大谷学報』(59)、1979年、1-11頁。
  5. ^ 河波 昌 『形相と空』春風社、2003年、26-32頁。
  6. ^ 望月 信亨 『国訳一切経 印度撰述部 大集部 第4巻 大集月蔵経/般舟三昧経』 大東出版社、1934年、255-258頁。
  7. ^ 香川 孝雄 「般舟三昧経における浄土教思想」『仏教大学研究紀要』(35)、1958年、100-117頁。
  8. ^ 藤田宏達 『原始浄土思想の研究』 岩波書店、1970年、229頁。
  9. ^ 斉藤 隆信 「善導所釈の三念願力」『佛教大學大學院紀要』(23)、1995年、1-28頁。
  10. ^ Restoration and publication of Ancient Gandhari Buddhist Texts, The University of Sydney, (2019), https://crowdfunding.sydney.edu.au/project/10335 
  11. ^ 榮 明忍 「龍樹の般舟三昧考」『印度學佛教學研究』(50)、2002年、698-700頁。
  12. ^ 土屋 松栄 「浄土教思想の諸問題(IV)」『印度學佛教學研究』(41)、1993年、1008-1006頁。

参考文献編集

  • 林 純教 『蔵文和訳般舟三昧経』 大東出版社 1994 ISBN 978-4500006113
  • 矢吹 慶輝、成田 昌信、望月 信亨 『国訳一切経 印度撰述部 大集部 第4巻 大集月蔵経/般舟三昧経』 大東出版社 1934、改訂版1981 ISBN 978-4500000579
  • 末木 文美士、梶山 雄一 『浄土仏教の思想 第二巻 観無量寿経・般舟三昧経』 講談社 1992 ISBN 978-4061925724。後者が担当

外部リンク編集

関連項目編集