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船橋市

日本の千葉県の市

船橋市(ふなばしし)は、千葉県北西部の葛南地域に位置する人口約63.5万人の中核市。旧東葛飾郡及び千葉郡1937年の市制当時の区域は東葛飾郡)。船橋商圏を形成する商業中心都市[2]構造改革特区[3]および保健所政令市中核市最大の人口を持つ都市であり、鳥取県の総人口を上回る[4]。千葉県内では千葉市に次いで第2位の人口規模である。

ふなばしし
船橋市
Funabashi montage.jpg
Flag of Funabashi, Chiba.svg Emblem of Funabashi, Chiba.svg
船橋市旗
1973年5月1日制定
船橋市章
1937年8月6日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
市町村コード 12204-1
法人番号 6000020122041 ウィキデータを編集
面積 85.62km2
総人口 639,107[編集]
推計人口、2019年10月1日)
人口密度 7,464人/km2
隣接自治体 市川市習志野市鎌ケ谷市白井市八千代市
市の木 サザンカ
市の花 ヒマワリカザグルマ
2007年(平成19年)制定)[1]
船橋市役所
市長 松戸徹
所在地 273-8501
千葉県船橋市湊町二丁目10番25号
北緯35度41分40.4秒東経139度58分57.2秒
船橋市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

船橋市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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概要編集

 
船橋駅南口駅前通り(2006年

県都「千葉」に対し商都「船橋」との形容もあり商業が盛んである[5]ららぽーとIKEAなどの旗艦店(1号店)をはじめ商業施設が多数立地し繁華街として賑わう。中世には海老川河口の港、近世には佐倉街道御成街道など交通の要所となり、船橋御殿や船橋宿の宿場町として栄えた[注 1]戦後、戦災を免れ物資の集散地として闇市が賑わっていたこともあった[6]

船橋は鉄道網が発達しており、10路線、37駅が市内にある。千葉県内各方面の成田国際空港(総武本線、京成本線、北総線)、ディズニーリゾート(京葉線、武蔵野線)、東葛地域(武蔵野線、東武野田線新京成線)、千葉都心(総武本線)、蘇我副都心(京葉線)、幕張新都心(京葉線、武蔵野線)などと東京都心方面(総武本線京葉線武蔵野線京成本線東京メトロ東西線)との交通の要所となっている。

戦前から住宅地開発が行われており、高度成長期には、多くの農地や森が大規模な団地などへと転用された。人口の急激な増加により鉄道の混雑が激しくなり、国鉄通勤五方面作戦にて総武本線複々線化を行った。船橋の中心市街地は旧宿場町の本町通りと船橋駅から南に延びる駅前通りを中心として古くから繁華街として賑わっていた。国鉄船橋駅前には1967年西武百貨店[注 2]1977年東武百貨店などの大型店も進出し、中山競馬場中央競馬)、船橋競馬場地方競馬)、サテライト船橋・オートレースふなばし[注 3]があり娯楽施設も充実している。かつては遊郭などの花町船橋若松劇場、高度成長期には湾岸部に船橋ヘルスセンター船橋サーキット船橋飛行場などのレジャー施設、90年代には屋内スキー場のららぽーとスキードームSSAWSが営業していたが、再開発によりららぽーとイケアなどの商業施設高層マンション群に変貌している。1990年代以降、湾岸部や内陸部に大規模なショッピングセンターが相次いで開業したため、商業施設は市内各地に分散化の傾向にある。

明治以来、船橋では軍事施設が増えたため、軍の将校、外国の武官、留学生などの住宅が建てられた。1933年(昭和8年)、京成電鉄海神駅北側の海神台や風光明媚な海神山(丘陵地)に開発した海神台分譲地(海浜別荘住宅地)が売り出された[7]。また、花輪台(宮本6丁目周辺)では、明治40年頃に凸版印刷の創始者・伊藤貴志[8]の別荘(伊藤別荘)が建てられ、大正期には東京両国で広く洋紙卸業を営んでいた山崎梅之助の息子・山崎鉦三が迎賓館的な使用を目的として山崎別荘(凌雲荘)を建てるなど「西の海神、東の花輪台」と呼称される別荘地高級住宅街となった[9]。近年では湾岸部の京葉線沿線では工場や倉庫の跡地に集合住宅が建てられ、内陸部の東武野田線沿線、東葉高速線沿線では、新興住宅地の開発が行われている。東京都心や成田国際空港・東京国際空港[10]へのアクセスの良さや、商業施設の充実、整備された公共施設、自然豊富な住環境が整っている[11]。買って住みたい街においても、首都圏第1位を記録するなど定住を目的としたファミリー層を中心に支持を受けている。

地理編集

千葉県北西部、東京湾の最奥部に位置する。都道府県庁所在地である千葉市日本の首都である東京都都心)のほぼ中間、共に半径20キロメートル圏域に位置する。都市雇用圏における東京都市圏東京都区部)のベッドタウンとしての性質もあり、高層マンション住宅街が林立している。東京都特別区部への通勤率は34.5%(平成27年国勢調査)。

中央部一帯は平坦な下総台地洪積台地を形成している。臨海部は沿岸流によって形成された砂丘地帯となっている。台地と砂丘の間は関東平野の平地が広がり、低地は沖積平野となっている。かつては台地縁近部の樹枝状侵食谷には谷津田が営まれ、台地上は林と畑であったが、近年では台地上下に住宅地が広がっている。最高点は習志野三丁目の32.3メートルであり、最低点は南海神一丁目、湊町一丁目の0.2メートルとなっている。

市内には西部を南流して東京湾に注ぐ海老川、東北部を東流して印旛放水路に注ぐ神崎川があり、下総台地が海老川水系利根川水系の分水界を形成している。かつては遠浅の海岸の浅瀬が広がっていたが、1980年代までに大半が埋め立てられ、唯一三番瀬のみが残った[12]。この三番瀬は、1990年代まで残存した東京湾の干潟としては最大のもので[13]1996年(平成8年)の調査で54種の魚類が確認されるなど[14]、魚介類を含む[15]海洋生物が多く生息し[16]コアジサシが越冬地へ向かう際に直行せずに立ち寄るなど[17]渡り鳥や水鳥が多数飛来する湿地にもなっており[18][19]、谷津干潟と相互に補完しあいながらシギ類のエサ場として機能するなど自然が残っている[20]。また、浅瀬に生息する二枚貝がわずか数日で海水を浄化するなど、湾内の水質の保全にも大きな役割を果たしているとされている[21]2001年(平成13年)に当市が市川市習志野市と共にラムサール条約登録を千葉県に要望し[22]、同年9月に同条約の事務局長が視察をした[23]

市の中東部にある習志野ノ原は、明治天皇千葉県下に最初に行幸した際の近衛兵の天覧演習地で、勅諭で名付けられた地名である[24][25][26][27]。習志野や習志野台などの地名はそのことに由来している。

市域の広がりは東西13.86キロメートル、南北14.95キロメートルである。隣接する市川市との間に市境の未確定地がある。場所はふなばし三番瀬海浜公園近くの海岸(砂浜)。未確定分の面積は0.14平方キロメートル。また、丸山地区が鎌ケ谷市に囲まれた飛地となっているが、これは法典村が1889年(明治22年)の町村制施行時に成立した際、土地所有者が藤原在住者であったため、現在の土地区分けとなったとされる。

地質編集

本町をはじめとする南部低地の多くは未固結堆積物、臨海部は埋立堆積物で形成されている。宮本周辺の低地は泥がち堆積物、高台は現世砂堆積物となっている。分水界より北部上の台地の大部分は立川ローム層・武蔵ローム層・下末吉ローム層、南部の台地は立川ローム層・武蔵ローム層となっている。

地形編集

平野・丘陵

河川

湖沼

干潟

海岸

気候編集

1月の平均最低気温は0.6℃であり、東京都の都心部や千葉市より気温が低く、最低気温が冬日の年平年値は30.1日である。また、最も暖かい8月の平均最高気温は31.0℃であり、周辺の地域とほぼ同じである。

船橋市における平均月別気温と平均降水量[28]

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
日平均気温 (℃) 4.9 5.6 8.7 13.6 17.9 21.5 25.3 26.5 23.3 17.5 12.0 7.2 15.3
降水量 (mm) 70.2 55.2 100.2 107.5 135.9 141.1 115.9 124.0 178.2 232.6 103.1 70.2 1462.9

人口編集

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減を見ると、2.27%増の622,890人であり、増減率は千葉県下54市町村中6位、60行政区域中8位。

 
船橋市と全国の年齢別人口分布(2005年) 船橋市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 船橋市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
 

船橋市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


歴史編集

市名編集

 
夏見の入江と御厨の配置を示した図
  • 市名は直接には、市成立以前の船橋町にちなむ。船橋の地名の起源については諸説あるが、伝説では日本武尊が東征の折、川を渡るために船で橋を作ったのが由来とされている。市内を流れる海老川に船を並べ、その上に板を渡し橋を造った。そのような船で造られた橋のことを「船橋」ということから船橋となった、というのが最も有力な説である。海老川はかつて現在よりも水量、川幅があったとされ、現在は陸地であるが夏見干潟と呼ばれる大きな入り江があり、として栄えていたという。
  • 船橋という地名が世間で用いられるようになったのは鎌倉時代とされており、同時代の歴史書「吾妻鏡」に「船橋」という地名が出てくる。

沿革編集

  • ※ 本節では大観のみ記述する。地域ごとに独自色が強いので、詳細な歴史記述は旧町村の記事を参照
    • 海老ヶ作遺跡高根木戸貝塚など規模の大きな貝塚が発見されていることから、縄文時代からかなり大きな集落が存在していたと思われる。
    • 平安時代中期の『日本三代実録』に「下総の国意富比神」とみえる。この意富比(おおい)神社が船橋大神宮の前身とされる。
    • 中世には海老川河口の港として交通の要地となり、また意富比神社の門前には市が立って大変な賑わいを見せた。
    • 近世には房総往還御成街道佐倉街道などの主要街道沿いの地域は間の宿として栄えた。特に、成田山信仰が盛んとなると、成田山への参拝客の休憩地として一層発展した。
    • 近代になると、川端康成の書いた小説に『船橋は兵隊の町』と書かれている通り、間の宿に代わり、軍都習志野の近郊都市として、兵隊軍属相手の産業が発達した。また、都市部では、東京の近郊都市として近代化が進み、電気・通信・交通・医療などの各方面のインフラが整備され、花輪宮本などの海岸部には高級別荘地として山崎別荘が造成された。
    • 敗戦直後、戦災を免れた上に物資の集散地だったことから、闇市が隆盛を極め、「日本の上海」という異名をつけられたこともある。
    • 戦時中から東京方面の軍事工場が疎開していたが、戦後の経済成長の中で、海岸部埋立地には京葉工業地帯が成立した。
    • 市制施行は千葉銚子市川に続く4番目であった。
    • 1960年完成の公団住宅前原団地の建設を契機に、内陸部には多くの住宅団地が開発され、東京のベッドタウンとして人口が増加した。

年表編集

先史時代編集

縄文から奈良時代まで編集

縄文時代

  • 早期 - 佐倉道南遺跡(前原)・飛ノ台貝塚(海神)などの遺跡が見られる。
  • 前期 - 西ノ台遺跡(二和西)・飯山満東遺跡(芝山)・古和田台遺跡(新高根)・法蓮寺山遺跡(藤原)・下郷後遺跡(藤原)・八栄北遺跡などの遺跡が見られる。
  • 中期 - 海老ヶ作遺跡(大穴町)・高根木戸遺跡(西習志野)・高根木戸北遺跡(西習志野)・沢之台遺跡(七林町)・中野木台遺跡(中野木町)・飯山満東遺跡(芝山)・中野木新山遺跡(中野木町)・飯山満台遺跡などの遺跡が見られる。
  • 後期 - 古作貝塚(古作町)・宮本台遺跡(東船橋)・薬園台遺跡(薬円台)・池谷津遺跡(小室)・金堀台貝塚(豊富町)などの遺跡が見られる。
  • 末期 - 金堀台貝塚(豊富町)・池谷遺跡(小室)などの遺跡が見られる。

弥生時代

  • 中期 - 法蓮寺山遺跡(藤原)などの遺跡が見られる。
  • 西暦110年景行天皇40年) - 意富比神社が創建される。
  • 後期 - 夏見台遺跡(夏見台)・夏見大塚遺跡(夏見台)・立場遺跡(金杉)などの遺跡が見られる。

古墳時代 - 総国千葉国造印波国造の所轄となる。

  • 前期 - 西ノ台遺跡(二和西)などの遺跡が見られる。
  • 中期 - 外原遺跡(田喜野井)・柏上遺跡(八木ヶ谷)・夏見台遺跡(夏見台)などの遺跡が見られる。
  • 後期 - 夏見台遺跡(夏見台)・小室遺跡(小室)・海神台西遺跡(海神)・印内台遺跡(印内)

飛鳥時代 - 兵部省所管の大結馬牧が夏見付近に設置される。
奈良時代 - 印内台遺跡(印内)・夏見台遺跡(夏見台)・本郷台遺跡(西船)・海神台西遺跡(海神)などの遺跡が見られる。

平安から戦国時代まで編集

平安時代

鎌倉時代

室町時代戦国時代

桃山から江戸時代まで編集

桃山時代

江戸時代

  • 武田信吉佐倉藩転封後、栗原藩を除き、主要な街道筋は天領・その他は旗本知行地として分割統治される。
  • 1600年(慶長5年) - 徳川氏の家臣である成瀬氏関ヶ原の戦いの戦功による加増で大名に列せられ、栗原(現在の本中山・西船付近)に陣屋を置く(栗原藩)。
  • 1614年(慶長19年) - 東金での鷹狩を目的に御成街道が整備される。船橋御殿(現・船橋東照宮近辺)がつくられる。
  • 1615年(元和元年) - 徳川家康秀忠一行が船橋御殿に宿泊、献魚の功から船橋浦が御菜浦(専用磯魚場)に指定される。
  • 1638年(寛永15年) - 藩主・成瀬氏の断絶によって、栗原藩が改易される。
  • 1674年から1678年(延宝2年 - 延宝6年) - 小金牧の一部が開墾され、神保新田・前原新田・滝台新田・上山新田・藤原新田・丸山新田・行田新田の7ヵ村が新たに開村。
  • 1703年(元禄16年) - 元禄大地震によって、船橋浦の海底が変化、良好な魚場環境が失われ、漁獲量が大幅に減少。献魚から金納に転換するが御菜浦の権威が失墜し、密猟者が急増。1874年(明治7年)に永代が廃止されるまで、魚場争いが熾烈となる。
  • 1721年(享保6年) - 船橋の幕府試砲台場(現:了源寺)で、大砲の試射が行われる。
  • 1722年(享保7年) - 享保改革の一環として、丹羽正伯桐山太右衛門によって、下総小金野薬園が開設される(後の薬園台新田)。
  • 1725年(享保9年) - 第1回徳川将軍家小金原御鹿狩(ししかり)が行われる(徳川吉宗)。
  • 1726年(享保11年) - 第2回徳川将軍家小金原御鹿狩が行われる(徳川吉宗)。
  • 1785年(天明5年) - 西海神浜で塩田業が本格化する。
  • 1795年(寛政7年) - 第3回徳川将軍家小金原御鹿狩が行われる(徳川家斉)。
  • 1817年(文化14年) - 安川塾が開塾
  • 1824年(文政7年) - 船橋漁師と猫実・東宇喜田漁師が漁場で乱闘となり、船橋漁師総代が入牢され獄死する。
  • 1849年(嘉永2年) - 第4回徳川将軍家小金原御鹿狩が行われる(徳川家慶)。

明治から戦前まで編集

市制後編集
 
船橋町の風景(大正から昭和初期)

戦後から現在まで編集

 
船橋市全域の衛星写真

行政編集

行政境界の変遷編集

年月日 現:船橋市市域に関連する行政区域変遷
1889年(明治22年)4月1日 明治憲法下による市町村制の実施により、東葛飾郡千葉郡から1町5村が発足。
  • 東葛飾郡(1町3村)船橋町、葛飾村、八栄村、塚田村
  • 千葉郡(2村)二宮村、豊富村
1937年(昭和12年)4月1日 船橋町、葛飾町、八栄村、法典村、塚田村が合併し、船橋市が誕生する(千葉県内で4番目の市制施行、市施行時の公式告示人口43,669人)。
1953年(昭和28年)8月1日 千葉郡二宮町を編入合併。
1954年(昭和29年)4月1日 千葉郡豊富村を編入合併。
1954年(昭和29年)8月 宮本町一・二丁目地先公有水面埋立地の編入。
1955年(昭和30年)9月30日 習志野町五丁目の一部区域を習志野市に編入。
1955年(昭和30年)9月 -
1956年(昭和31年)8月
宮本町一・二丁目地先公有水面埋立地の編入。
1960年(昭和35年)7月 湊町四丁目及び海神町三丁目地先公有水面埋立地の編入。
1961年(昭和36年)1月 海神町南一丁目地先公有水面埋立地の編入。
1961年(昭和36年)11月 海神町南一丁目及び西浦町地先公有水面埋立地の編入。
1961年(昭和36年)12月 西浦町地先公有水面埋立地の編入。
1964年(昭和39年)7月 日の出町及び宮本町二丁目地先公有水面埋立地の編入。
1965年(昭和40年)3月 浜町及び宮本町二丁目地先公有水面埋立地の編入。
1965年(昭和40年)12月 宮本町二丁目及び若松町地先公有水面埋立地の編入。
1971年(昭和46年)1月 本町一丁目地先公有水面埋立地の編入。
1973年(昭和48年)3月 浜町二丁目、栄町及び日の出町地先公有水面埋立地の編入。
1973年(昭和48年)12月 日の出町地先公有水面埋立地の編入。
1975年(昭和50年)6月 若松二丁目、浜町二丁目、西浦三丁目及び日の出二丁目地先公有水面埋立地の編入。
1976年(昭和51年)10月 潮見町、若松町二・三丁目、高瀬町及び浜町三丁目地先公有水面埋立地の編入。
1977年(昭和52年)7月 若松二丁目及び高瀬町地先公有水面埋立地の編入。
1980年(昭和55年)9月 潮見町地先公有水面埋立地の編入。
1981年(昭和56年)5月1日 習志野市から谷津七丁目の一部を編入。
1981年(昭和56年)12月 日の出一丁目及び湊町三丁目地先公有水面埋立地の編入。
1982年(昭和57年)9月 潮見町、浜町三丁目及び若松三丁目地先公有水面埋立地の編入。
1984年(昭和54年)3月 潮見町地先公有水面埋立地の編入。
1984年(昭和59年)9月 浜町二丁目、潮見町及び高瀬町地先公有水面埋立地の編入。
1987年(昭和62年)9月 高瀬町、潮見町地先公有水面埋立地の編入。
1989年(平成元年)7月 潮見町地先公有水面埋立地の編入。
1993年(平成5年)3月 日の出二丁目地先公有水面埋立地の編入。
1998年(平成10年)3月 浜町二丁目地先公有水面埋立地の編入。
1998年(平成10年)7月 日の出二丁目及び浜町二丁目地先公有水面埋立地の編入。

市政編集

市長編集

行政組織編集

財政編集

職員の給与水準が高い。2005年(平成17年)の総務省の発表により、ラスパイレス指数が全国で7番目に高く、中核市の中では最高水準にあることが判明した。国家公務員よりも高い給与水準が問題になった[48]。毎年の経常収支が健全とされるボーダーラインの80%を超えた90%台であり、財政の健全化が求められている。

広域行政編集

2007年(平成22年)4月27日東京都区部から20 - 25キロメートル圏内に位置する、船橋市、市川市松戸市鎌ケ谷市の4市が、この地域における将来的な選択肢の一つとして、合併政令指定都市への移行に関する共同研究をする場として、東葛飾・葛南地域4市政令指定都市研究会を創設した[49]2005年時点での4市の国勢調査人口の合計は、1,611,834人である[50]

施設編集

県の施設編集

市の施設編集

  • 船橋市役所
  • 福祉・保健施設
  • 青少年施設
  • 消費者センター
  • ボランティア支援施設
  • 教育施設
  • レクリエーション施設
  • 環境施設
  • 男女共同参画施設
  • 船橋市本町駐車場 - 1993年(平成5年)1月に完成した「船橋スクエア21」に開設[55]
  • 船橋北口駐車場 - JR船橋駅のバス乗降場などの駅前広場と一体的に地下に整備し地下2階、563台収容。
  • 船橋市船橋南口地下駐車場 - 2003年(平成15年)4月16日に完成した船橋フェイスビルと一体的にJR船橋駅南口広場の地下に整備された。

その他公的団体施設

過去に存在した軍事施設

公安施設編集

船橋警察署庁舎
船橋市消防局本部

警察

  • 船橋警察署(管内は、市中央部、南部及び西部)
  • 船橋東警察署 -(管内は、市東部、北部)
  • 高速道路交通警察隊船橋分駐隊

消防

  • 中央消防署
    • 夏見分署
    • 本郷分署
  • 東消防署
    • 前原分署
    • 芝山分署
    • 三山分署
    • 薬円台出張所
  • 北消防署
    • 行田分署
    • 三咲分署
    • 小室出張所
    • 救急ステーション

国の行政機関編集

法務省

国土交通省

厚生労働省

  • 公共職業安定所第一庁舎
  • 公共職業安定所第二庁舎
  • 公共職業安定所高年齢者職業相談室(55歳 - 65歳)
国税庁

日本年金機構

  • 船橋年金事務所
  • 船橋年金相談センター

防衛省

議会編集

船橋市議会編集

  • 定数:50名
  • 議長:日色健人(自由市政会)
  • 副議長:石崎幸雄(公明党)
会派名 議席数 議員名(◎は代表)
自由市政会 12 ◎渡辺賢次、日色健人、中村静雄、藤代清七郎、大矢敏子、川井洋基、島田たいぞう、滝口一馬、小平奈緒、米原まさと、林利憲、大沢ひろゆき
公明党 10 ◎鈴木いくお、藤川浩子、松橋浩嗣、石崎幸雄、松嵜裕次、、鈴木心一、桜井信明、木村修、橋下和子、上田美穂
市民民主連合 8 ◎神田廣栄、つまがり俊明、斉藤誠、浦田秀夫、岡田とおる、三橋さぶろう、高橋けんたろう、宮崎なおき
自由民主党 7 ◎佐々木克敏、七戸俊治、浅野賢也、村川浩、長野春信、いとう紀子
日本共産党 5 ◎岩井友子、金沢和子、松崎さち、坂井洋介、神子そよ子
みらい@船橋 3 ◎朝倉幹晴、池沢みちよ、今仲きい子
真政会 3 ◎鈴木和美、齊藤和夫、石川りょう
無所属 2 はまの太郎、小川友樹
50

県議会編集

  • 選挙区:船橋市選挙区
  • 定数:7名
当落 候補者名 年齢 所属党派 新旧 得票数 得票率
野田剛彦 58 国民民主党 38,121 21.5%
仲村秀明 49 公明党 23,848 13.4%
中村実 51 自由民主党 19,364 10.9%
斉藤守 66 自由民主党 19,007 10.7%
西尾憲一 68 無所属 15,917 9.0%
鈴木ひろ子 45 無所属 13,731 7.7%
大崎雄介 38 立憲民主党 11,969 6.7%
丸山慎一 63 日本共産党 11,649 6.6%
中沢学 50 日本共産党 10,091 5.7%
槻谷岳大 37 無所属 7,419 4.2%
佐藤浩 53 日本維新の会 5,077 2.9%
門田正則 71 無所属 1,381 0.8%

国会議員編集

議員名 党派名 当選回数 備考
野田佳彦 無所属 8 選挙区
木村哲也 自民党 1 比例復活

経済編集

第一次産業編集

農業

近郊農業中心。谷津田が少なく、平地商業地宅地化が進み、丘陵地での畑作中心となる。農産物産出額のうち、野菜・の産出額がほとんどを占める。千葉県は北海道に次いで全国第2位のニンジン生産量であるが、船橋市におけるニンジンの生産量は千葉県内第1位である。稲作については東京近郊であることもあり、農家の高齢化と共に稲作の重労働、米価の下落により、減反でなく休耕田化するケースが増えている。

農業協同組合

漁業

東京湾沿岸部の三番瀬には、1996年(平成8年)の調査で54種の魚類が確認されるなど[14]、魚介類を含む[15]海洋生物が多く生息している[16]。そのため、漁業が盛んで、漁民の安全と大漁を祈願する「水神祭」が行われる[56][57][58]

スズキ」の漁獲量が日本で一番多い漁港で[59]、水揚げ直後の鮮度をPRするためにプライドフィッシュ「船橋瞬〆すずき」という商標で売り出している[60]。海苔の養殖が以前から行われており[61]三番瀬の知名度を生かして「船橋三番瀬のり」という商標で売り出している[62][63]

貝類ではアサリハマグリの漁が盛んであるが[64]2012年(平成24年)に発生した東日本大震災で最大60センチメートル[65]、平均27センチメートル沈下して干潟の面積が半減するなど[66]海底の地形が大きく変化している[65]。また、都市化や工業化に伴う水質悪化による青潮が発生し、酸欠状態が生じてアサリが死滅するようになり[67][68]2012年(平成24年)にはアサリ漁が不可能[69]2014年(平成26年)にもアサリが約3880トン死滅している[70]。近年では、外国船によってもたらされたホンビノスガイが東京湾内の一部に繁殖するようになっており、当地でも漁獲されるようになった[71]

当地で水揚げされる魚介類の多くは東京都内などに出荷されており、地元での販売は少なかったが、2013年(平成25年)9月に漁協が直売所’三番瀬みなとや’を開設した[59]

漁港

農林水産省水産庁による港湾範囲において漁港に指定されている港は市内にはないが、漁港として船橋市漁業協同組合による船橋漁港[72]が一般呼称されている。

第二次産業編集

食料品工業が中心で、大型食品コンビナートが形成されている。

内陸部には北総開発鉄道が所有していた不動産を取得して[73]フジタが開発した船橋ハイテクパーク(豊富町 - 鈴身町)がある[74]。重化学工業は千葉港から広がる京葉工業地帯の埋立地を中心に発達している。

市内に工場のある主要企業編集

重工業

軽工業

第三次産業編集

 
ららぽーと三井ビルディング

「県都」千葉に対し「商都」船橋との形容もあり、商業は盛んである。船橋市の産業の特徴の一つは、時代ごとに食糧物資を主とする物資の集積地・流通地として重要な役割を果たしてきた点である。古代から中世には、戦略的な交通の要所だったことから、兵站物資の集積地・流通地として栄えた。戦国時代には、近藤万栄なる人物が船橋を拠点に活躍したことが文献に記されており、勢力争いの中で、重要な役割をになっていたことがわかる。また、大神宮に残されている文書からもそのことをうかがうことが出来る。近世には、成田参詣宿場江戸を支える重要な魚農産物の集積地・供給地として栄えた。

近代に入ると宿場町は衰退し、軍都を支える経済都市として発展した。第二次世界大戦中は空襲の被害が軽微であったので、戦後の食糧不足の際には豊かな海・農産物が集積する闇市の一大拠点として栄えた。「日本の上海」と呼ばれ、敗戦に消沈した空気を戦後復興に向ける役割を果たした。

高度成長期の際には、首都圏の発展に必要な大量の働き手を収容するため、農地の多くが大規模な団地などへ転用され、食糧供給地としての影響力は低下したが、物資の集積地・流通地としての役割は強化された。船橋ヘルスセンター1977年閉業)や中山競馬場などの娯楽施設、江戸時代以来の遊郭などの花町も発展した[75]

高度成長期以前は、旧宿場町の本町通りと船橋駅から南に延びる駅前通りが中心であったが、1967年国鉄船橋駅南口に西武百貨店1977年北口に東武百貨店が進出した。ほぼ同時期、津田沼駅周辺に相次いで大型店が進出したことから、両駅周辺が中心市街となった。1981年には船橋ヘルスセンター跡にららぽーとがオープンし、船橋商業地の第3の核となった。

バブル崩壊後からは、宅地開発に伴う郊外型店進出や工場跡地などの再開発事業、市内のみならず東京都心や周辺地域との競争激化で旧商店街が衰退し対応が求められている。

公営競技編集

中山競馬場
船橋競馬場(パドック)

市内の主な大型店編集

過去に存在した大型店 詳細
十字屋船橋店 1996年(平成8年)に閉店[89]
長崎屋船橋店 2002年(平成14年)1月に閉店[90]
西武百貨店船橋店 船橋市内では最古参の百貨店。2018年(平成30年)2月28日を以て閉鎖。
ららぽーとスキードームSSAWS 1993年(平成5年)7月15日ららぽーとの隣接地に開業[91]。同年11月8日に来場者数約40万人を超えるなど人気を集めたが[92]、その後は来場者数が減少し2002年(平成14年)9月30日で閉鎖[93][94]。施設は2003年(平成15年)から2004年(平成16年)春に掛けて解体され[95]、イケア船橋店や集合住宅が建設されることになった[88]

市内に本社・本店を置く企業編集

姉妹都市・提携都市編集

地域編集

地区編集

南部は商業施設や工場が多く、中部は住宅地が開発されて人口が多い。北部には農地もあり、をはじめ多くの種類の農産物が栽培されている。特にニンジンの栽培が有名である。京成電鉄船橋競馬場駅のすぐ東側に東経140度の経線が通る。国道14号沿いには、そのことを記した標識がある(現存を確認できず)[要出典]

地名編集

各記事を参照。

市内の主な団地編集


郵便局

放送

組合

医療編集

船橋市立医療センター
地域医療機能推進機構船橋中央病院

二次医療圏(二次保健医療圏)としては東葛南部医療圏(管轄区域:鎌ヶ谷市と葛南地域)である。三次医療圏は千葉県医療圏(管轄区域:千葉県全域)。

医療提供施設は特筆性の高いもののみを記載する。

教育編集

千葉県立船橋高等学校
船橋市立船橋高等学校
東葉高等学校

古くは1817年(文化14年)、安川内蔵之助が安川塾寺子屋)を藤原に開き約896人が入塾し学んだとされる。現在の学校制度が成立する前までの船橋市域には安川塾のような私塾や寺子屋が合わせて16か所存在し、民間主導による教育活動が行われていた。こうした江戸時代までの藩校や私塾、寺子屋をはじめとする民間主導による教育活動の成果(識字率95%以上)が日本の近代化の源となった。現在、船橋市は構造改革特区に指定されており、船橋市英語教育特区構想が認可されている。

大学

※大学との包括連携

専修学校

文教研修施設

職業訓練施設

高等学校

※以下は最初の()内を設置過程とし、次の()内を設置科とする。(五十音順)


その他市内にある学校教育の施設(小中学校など)および学校教育以外の教育施設

設置者 中学校 小学校 幼稚園 保育所
船橋市立 27校 54校 - 27校
私立 1校 1校 43校 30校

社会教育編集

図書館

公民館

市内には25の公民館があり(ほぼ1中学校区に1公民館)、各公民館で市民サークル・クラブなど様々な活動が行われている。

文化施設

船橋市内にある文化施設の一覧は「船橋市内文化施設一覧」を参照。

研修施設

合唱団

  • 船橋さざんか少年少女合唱団 - 2008年3月に創立25周年記念公演を終えた合唱団。レコーディング活動も多く行っている。

スポーツ編集

スポーツチーム

スポーツ施設

船橋市総合体育館(船橋アリーナ)

「あせ一平」「風さやか」のキャラクターで生涯スポーツを推進している船橋市には、様々なスポーツ施設がある。主なスポーツ施設は次の通り。

上記の他にも、市立小中学校の体育施設やナイター設備を利用することが出来る。また、夏休み期間中に限り、市立小学校・養護学校のプールを無料開放している。

キャラクター

 
中央がふなっしー、右は弟のふなごろー、左はふにゃっしー(2018年)

船橋市最初のマスコットキャラクターは1983年(昭和58年)誕生の「汗一平くん」と「風さやかちゃん」であり[129]、地方自治体公式マスコットの中でも草分けの部類に入る。船橋市のマスコットとしては、以下がある。

  • ふなばし三番瀬海浜公園のイメージキャラクター「アサリくん」
  • ふなばし市民まつりのマスコットキャラクターの「博士くん」
  • 船橋市スポーツ健康都市シンボルキャラクターの「汗一平くん[129]」と「風さやかちゃん[129]
  • ふなばし産品ブランドPRキャラクターの「目利き番頭 船えもん[130]
  • 船橋市の地球温暖化防止キャラクター「ふなわりくん[131]
  • ふなっしー - 船橋市在住の「妖精」。船橋市非公認であるがららぽーとTOKYO-BAY公認キャラクターである。弟のふなごろー、別個体のふにゃっしーなどがいる。

市外局番編集

市外局番は市内全域で「047」であるが、船橋MAの区域(047- 4XX,75X - 77X)と市川MAの区域(047- 3XX,70X - 72X)[132]という、2つの通話料金計算の元となる通話区域単位が存在する。市川MAに属するのは武蔵野線より西方、西船橋駅・下総中山駅・船橋法典駅周辺の一部である。またお互いの通話は船橋市内にもかかわらず、「市内」ではなく「隣接」扱いとなる。

交通編集

空港編集

京成電鉄の羽田空港行列車(京成船橋駅)

市内に空港はなく、千葉県成田市成田国際空港(成田空港)もしくは東京都大田区東京国際空港(羽田空港)が最寄りとなる。

成田国際空港

詳細は成田国際空港へのアクセス、最小乗換数は【】内を参照。

東京国際空港

詳細は東京国際空港へのアクセス、最小乗換数は【】内を参照。

鉄道路線編集

船橋駅(JR東日本・東武鉄道)
京成船橋駅(京成電鉄)
西船橋駅(JR東日本・東京メトロ・東葉高速鉄道)

鉄道網が発達しており、7つの事業者が運行する10の旅客鉄道路線と、37の鉄道駅がある。特に東西方向への路線が多い。一方で、市内の南北を連絡する鉄道網は市の西端に沿って走るJR武蔵野線・JR京葉線(路線の一部、西船橋駅に連絡する支線)と東武野田線新京成線と東西方向に比べ少ない。かつては東葛人車鉄道が敷設されていた。

中心となる駅:船橋駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)

東京地下鉄(東京メトロ)

東葉高速鉄道

京成電鉄

新京成電鉄

北総鉄道

東武鉄道

未成線

バス路線編集

船橋駅北口バスターミナル
和歌山バスの高速バス「サウスウェーブ号」

中心となるバス停:船橋駅・西船橋駅バスターミナル

路線バス編集

高速バス編集

深夜急行バス編集

道路編集

京葉道路(花輪IC付近)
千葉県道9号船橋松戸線(船橋駅北口)

市内には以下の道路があるが、人口が多い都市としては広い道路や南北を結ぶ主要道路が少なく、狭い道路が多いため特に商業施設が多い南部は慢性的な交通渋滞が起こりやすい。しかし、市内のほぼ全域で市街化されているためこれ以上の道路整備は困難な状況である。

高速道路

一般国道

主要地方道

一般県道

港湾編集

 
船橋港に停泊する初代海上自衛隊砕氷艦「しらせ

1947年(昭和22年)12月26日、御菜浦に指定され漁港として栄えた船橋浦周辺は「船橋港」と呼ばれ、運輸省告示第349号公有水面埋立法により指定港湾となった。1968年(昭和43年)6月1日、船橋港が市川港とともに千葉港に編入された。港湾区域が拡張され船橋市地先海面が港湾区域となる。

2009年11月9日、南極地域観測統合推進本部は「しらせ (砕氷艦・初代)」を同年1月に「スクラップになるのはもったいない」・「気象や環境問題の情報発信や議論の場として活用したい」と、しらせを気象情報会社ウェザーニューズに売却すると発表[135]。船名をローマ字表記の「SHIRASE」に変更し、2010年3月31日、船橋港(港則法上は千葉港葛南区)に曳航され係留された[136]

しらせ(SHIRASE)の見学・乗船は「チャレンジングSHIRASE」として年5回の一般公開イベントを行っているほか、週に2日、近隣にあるサッポロビール千葉工場とのコラボレーションツアーに参加し乗船することもできる。

国際拠点港湾

  • 千葉港(葛南港区)
    • 葛南港区拠点港:船橋港
      • 葛南中央地区(船橋中央ふ頭)
      • 葛南東部地区(船橋東ふ頭・日の出ふ頭)
  • 船橋ボートパーク - プレジャーボートの係留・保管のための施設[137]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
空挺館(御馬見所)

名所・旧跡編集

神社

寺院

城館

遺跡

  • 飛ノ台貝塚
  • 取掛西貝塚 - 市内初の国の史跡指定を目指している。
  • 海老ヶ作遺跡
  • 柏上遺跡
  • 古和田台遺跡
  • 佐倉道南遺跡
  • 高根木戸遺跡
  • 高根木戸北遺跡
  • 外原遺跡
  • 夏見台遺跡
  • 夏見大塚遺跡
  • 夏見大塚遺跡
  • 新山遺跡
  • 本郷台遺跡
  • 八栄北遺跡
  • 薬円台遺跡 - 縄文時代前期の縄文土器弥生土器などが出土。

観光スポット編集

ふなばしアンデルセン公園
中山競馬場クリスマスイルミネーション

温泉

温泉をうたう入浴施設が点在している。その多くは泉質不明の銭湯であるが、玉川旅館の「湊温泉」のみ唯一の温泉法の温泉(メタ珪酸・メタ硼酸)として知られる。

名産品編集

祭礼・行事編集

 
二宮神社式年大祭(下総三山の七年祭り)

市内の主なの祭礼・祭り

秋の祭礼

神楽:獅子の舞われる祭礼

  • 高根:神明神社 10/15
  • 高根:秋葉神社 10/24
  • 下飯山満:神明神社 10/18
  • 上飯山満:大宮神社 10/23
冬の祭礼
  • 三山:大火揚(二宮神社) 旧暦11/13
  • 市内全域:しまいエビス 11/20または12/20
  • 市内全域:川浸り餅 12/1
  • 宮本:茜の市(船橋大神宮〈意富比神社〉境内の大鳥神社) 12月茜の日
  • 本町及び海神:ジャランコ 12月 - 3月
  • 中野木:中野木の辻切り 毎年2月最初の午の日

その他の祭礼(地区名及び字)

  • 印内:春日神社 10/14 - 10/15
  • 印内:八坂神社 10/22 - 10/23
  • 後貝塚:熱田神社 10/9
  • 大穴:神明神社 10/7
  • 小栗原:稲荷神社 10/18 - 10/19
  • 小野田:安房神社 10/17
  • 海神:日枝神社 9月第2日曜(3年毎)
  • 金杉:神明社 10/18 - 10/20
  • 金掘:日枝神社 10/19
  • 上飯山満(本郷):王子神社 10/9
  • 上山:神明社 10/17 - 10/18
  • 行田:諏訪稲荷神社 10/23
  • 楠が山:湯殿神社 10/7
  • 古作:熊野神社 10/29
  • 小室:八幡神社 9/15
  • 鈴身:鈴身神社 10/29
  • 大神保:白幡神社 10/20
  • 滝台:八幡神社 10/15
  • 田喜野井:子神社 10/19
  • 坪井:子安神社 10/6 - 10/7
  • 寺内:妙見神社 10/8 - 10/9
  • 東方:神明神社 10/20
  • 中野木:八坂神社 10/18
  • 七林:金比羅神社 10/19
  • 西海神:龍神社(芋祭り) 10/3 - 10/4
  • 西夏見:日枝神社 10/8 - 10/10
  • 東町(七熊):意冨比神社 10/18 - 10/19
  • 東夏見:稲荷神社 10/18 - 10/20
  • 東船橋(原宿):天神社 10/19 - 10/20
  • 二子:羽黒神社 10/9 - 10/10
  • 二和:星影神社 10/18 - 10/20
  • 藤原:神明社 10/17 - 10/18
  • 本郷:葛飾神社 10/14 - 10/15
  • 氷ヶ崎:意冨比神社 10/29
  • 前原:御嶽神社 10/19
  • 馬込:天満宮 10/25
  • 三咲:三咲神社 10/15
  • 南三咲:浅間宮 10/15
  • 本中山(兵庫新田):高石神社 10/18 - 10/19
  • 薬円台:神明神社 10/14 - 10/15

文化財編集

千葉県指定および国登録文化財一覧[140]

番号 指定・登録 類別 名称 所在地 所有者または管理者 指定年月日 備考
1 県指定 有形文化財(建造物) 西福寺 石造五輪塔・西福寺石造宝篋印塔 船橋市宮本6-16-1 西福寺 昭和42年12月22日 2基
2 有形文化財(彫刻) 木造蔵王権現三尊立像 船橋市前原東5-43 御嶽神社 昭和33年4月23日 3躯
3 木造五智如来坐像 船橋市西船3-3-4 正延寺 平成5年2月26日 5躯
4 有形文化財(工芸品) 南蛮胴具足 船橋市金杉 個人 平成20年3月18日 1領
5 有形文化財(古文書) 天正検地帳 船橋市ほか 船橋市他 昭和57年4月6日 18件・71冊
6 有形民俗文化財 灯明台 船橋市宮本5-2-1 意富比神社 昭和37年5月1日 1基
7 無形民俗文化財 小室の獅子舞 船橋市小室町 小室獅子講 昭和39年4月28日
8 下総三山の七年祭り 船橋市三山・古和釜町ほか 七年祭り保存會 平成16年3月30日
9 記念物(史跡) 明治天皇船橋行在所 船橋市本町4-38-15 千葉銀行 昭和9年12月18日
10 国登録 登録有形文化財(建造物) 東葉高等学校正門(旧近藤家住宅長屋門) 船橋市飯山満町2-670-1 船橋学園 平成13年4月24日 1件
11 玉川旅館本館他 船橋市湊町2-2720-9他 個人 平成20年4月18日 3件

景観重要建造物

景観法に基づき、船橋市が指定した景観重要建造物

出身有名人編集

船橋市出身・ゆかりの人物一覧。

政治家

武家

軍人

経営者

  • 板倉雄一郎(ベンチャーマトリックス株式会社創設者)

学者

画家

  • 石井鼎湖(日本画家)
  • 鈴木鵞湖 - 江戸時代末に活躍した絵師[144]
  • 増山れな(画家、ジャーナリスト、映画監督、政治活動家、パフォーマー、作家、参院選立候補経験者、千葉市という説もある)
  • 吉橋秋月(日本画家)

彫刻家

文学者
  • 川端康成 - 小説を執筆した際に滞在した旅館「月廼家」が中央公民館に移築され、2007年(平成19年)4月10日から一般公開された[145]
  • 高橋義夫小説家) - 第106回直木賞受賞[146][147]
  • 太宰治 - 市内に旧居跡があり、前期の傑作が執筆された[148]。市内に文学碑があり[149]、「船橋桜桃忌」も行われていた[150][151]。船橋が小説「人間失格」の終章に登場する。また、小説「東京八景」には、薬物依存に苦しむ太宰の船橋での生活が描かれている。小説集「晩年」の中の小説の「めくら草紙」には、庭に夾竹桃を植えたこと等が書かれている。小説「十五年間」の中では、自分が上京した後、住んだ25箇所の中で最も愛着の深い場所だと書いている。太宰の植えた夾竹桃の木は、市内の市民文化センターの前に移植されている。
  • 村上春樹 - 1980年代の初頭、船橋市習志野に在住[152]。小説「羊をめぐる冒険」を執筆した。

俳人

絵本作家・漫画家

芸能

タレント 指揮者

ミュージシャン

俳優

放送

スポーツ

五輪

野球

サッカー

相撲

その他

船橋市を舞台・ロケ地とした作品編集

現代作品

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 船橋宿は主に間宿として使用されていた
  2. ^ 2018年(平成30年)2月28日閉業
  3. ^ 船橋オートレース場は2016年3月末をもって廃止されたが、2016年3月に競輪場外移転が発表され、新たにオートレース場外も併設する形で、同年4月8日より『サテライト船橋・オートレースふなばし』としてオープンした

出典編集

  1. ^ “「市の花」2つを制定 船橋 ヒマワリ カザグルマ 全国都市緑化フェアを記念”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 15. (2007年10月8日) 
  2. ^ 千葉県. “平成30年度消費者購買動向調査(千葉県の商圏)” (日本語). 千葉県. 2019年5月31日閲覧。
  3. ^ 地域の特色等を生かした特別の教育課程を編成する学校の取組:文部科学省”. www.mext.go.jp. 2019年5月20日閲覧。
  4. ^ “船橋、最大の中核市に 熊本市の政令移行で”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 10. (2012年4月3日) 
  5. ^ 平成28年度第5回定例記者会見資料(平成28年10月14日開催)” (日本語). 船橋市ホームページ. 2019年4月1日閲覧。
  6. ^ 総務省|一般戦災死没者の追悼|船橋市における戦災の状況(千葉県)” (日本語). 総務省. 2019年4月1日閲覧。
  7. ^ 京成グループ要覧2018より開発事業の歩みP54https://www.keisei.co.jp/keisei/quality/image/05.pdf
  8. ^ 沿革|凸版印刷” (日本語). 凸版印刷. 2019年6月27日閲覧。
  9. ^ 【船橋】戦前の高級住宅地と娯楽の殿堂〜海神、花輪台、三田浜楽園” (日本語). 住まいの「本当」と「今」を伝える情報サイト【LIFULL HOME'S PRESS】. 2019年6月27日閲覧。
  10. ^ 空港アクセス路線(京成・北総線〜都営浅草線〜京急線)、東京湾アクアライン等を利用
  11. ^ Category:千葉県のニュータウン各項目を参照
  12. ^ 「東京ウォーターフロント原風景 最後の浅瀬船橋浦三番瀬も埋め立ての危機」『週刊読売』1991年6月30日、読売新聞社、1991年6月30日、 18-19頁。
  13. ^ “東京湾最大の干潟「三番瀬」 埋め立て認める方針 千葉県の諮問機関”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 30. (1995年11月5日) 
  14. ^ a b “市川の三番瀬埋立て計画 補足調査期間延長へ 検討委員会 魚類54種など生息確認”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 1. (1996年8月28日) 
  15. ^ a b “「三番瀬」を歩く 豊富な魚介類目の当たり 県環境会議を前にして 市川・船橋の沖合”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 16. (1992年5月30日) 
  16. ^ a b “海洋生物いっぱい 埋め立て問題で揺れる東京湾「三番瀬」 生態系研究で裏付ける”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 1. (1991年11月30日) 
  17. ^ “コアジサシわざわざ東京湾に 魅力いっぱい三番瀬の環境”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 28. (1994年8月25日) 
  18. ^ “水鳥舞う湿地永遠に ラムサール条約指定求め高まる保護運動”. 毎日新聞 (毎日新聞社): p. 1 夕刊. (1992年12月5日) 
  19. ^ ““三大聖域”で探鳥会 水鳥の生態などを解説 三番瀬 谷津干潟 小櫃川河口”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 27. (1994年9月17日) 
  20. ^ “谷津干潟 三番瀬 シギ類のエサ相互補完 開発すれば双方に影響”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 9 夕刊. (1993年5月10日) 
  21. ^ “浅瀬の二枚貝が海水浄化 三番瀬、わずか数日で 国立環境研が調査”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 16. (2000年11月21日) 
  22. ^ “三番瀬のラムサール登録などを県に要望 船橋など地元3市”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 1. (2001年7月14日) 
  23. ^ “三番瀬 国際認知へ大きな1歩 ラムサール条約事務局長が視察”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 16. (2001年9月3日) 
  24. ^ 「資料紹介 明治天皇駐蹕記念碑資料」『船橋の地名』第5巻第4号、船橋地名研究会、2001年10月、 17頁。
  25. ^ 天下井恵「明治天皇の習志野原賜名 第9回研究会報告」『首都圏形成史研究会会報』第18号、首都圏形成史研究会、2004年3月、 1-4頁。
  26. ^ 天下井恵「習志野原と鎌ヶ谷 明治天皇の習志野原賜名」『鎌ケ谷市史研究』第20号、鎌ケ谷市郷土資料館、2005年3月、 28-49頁。
  27. ^ 牧野光男「資料紹介 「習志野原」の命名について」『史談八千代』第19号、八千代市郷土歴史研究会、1994年11月、 63-64頁。
  28. ^ 気象庁・気象統計情報
  29. ^ 昭和44年と昭和45年の船橋市内における地盤沈下量は、最大で24.3cm、及び24.1cmと激しい沈下量を示している。近年沈下量は鈍化傾向にあり平成17年の最大沈下量は0.80cmである。
  30. ^ a b “船橋市と米ヘイワード市が姉妹提携”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 11. (1986年11月8日) 
  31. ^ a b “ワンパク王国 好調のスタート 船橋 小雨の中、一万人集結”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 11. (1987年11月16日) 
  32. ^ “新木場―蘇我間が開業 京葉線・延伸”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 1. (1988年12月2日) 
  33. ^ a b c “オーデンセ市 きのう姉妹都市調印 船橋市 日本の都市と初の提携”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 11,15. (1989年4月7日) 
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参考文献編集

参考書籍・資料編集

船橋市区分
  • 案内
    • 船橋市『ガイドマップふなばし』
  • 都市
    • 船橋市企画部企画調整課(編)『船橋市総合計画 基本構想・基本計画-生き生きとしたふれあいの都市・ふなばし-』2000年10月
  • 自然
    • 船橋市環境部環境保全課(編)『船橋市内環境調査報告書/船橋環境システムCD-ROM』2002年3月発行
    • 大野景徳『千葉県八千代市植物目録(印旛水系域)』1982年8月20日
  • 市史関係
    • 全般
      • 船橋市史編さん委員会,『船橋市史』
      • 『船橋の歴史』
    • 中世
      • 船橋郷土資料館,『中世の船橋〜掘る・読む・訪ねる〜』,2002年発行
    • 近代
      • 河口洋一,『船橋市5千一人の群像-明治から平成 まちの歩みと人』,2005年初版
      • 郷土出版社,祝市制施行70周年〜船橋の100年〜, 平成19年2月5日
      • 神尾武則,『船橋市史研究2-船橋市における行政区域の変遷』,1987年発行
      • 船橋市郷土資料館, 絵はがき写真に残された明治〜大正〜昭和-, 平成17年3月23日
  • 地名
    • 船橋市史談会,『ふるさとの地名(改訂版)-船橋市の地名を探る-』,2002年
    • 滝口昭二『船橋小字地図』,1994年6月
  • 文化
    • 船橋市教育委員会文化課、『船橋市の文化財』,2003年3月
    • 船橋市郷土資料館『神楽面-船橋市郷土資料図録-』、1984年3月30日発行
    • 船橋市教育委員会『船橋市の天道念仏』
千葉県区分
  • 自然
    • 千葉県史料研究財団『千葉県の自然誌 全12巻』
  • 県史関係
    • 全般
      • 千葉県史料研究財団『千葉県史 全1-51巻』
      • 石井進・宇野俊一『千葉県の歴史』山川出版社・2000年
    • 近代
      • 千葉県歴史教育者協議会編『千葉県の戦争遺跡をあるく戦跡ガイド&マップ』国書刊行会2004年
  • 産業関係
    • 鉄道
      • 千葉県企画部交通計画課『千葉県の鉄道史』・1980年
      • 千葉県鉄道管理局『千葉県鉄道管理局史』
      • 千葉県鉄道網整『県内鉄道のすがた』
      • 塚本庸『総武鐵道物語』
      • 京成電鉄『京成電鉄五十五年史』
      • 京成電鉄『京成電鉄85年の歩み』
      • 新京成電鉄『新京成電鉄五十年史』・1997年
      • 新京成電鉄創立30周年記念(ダイヤモンド社編)

関連項目編集

外部リンク編集

行政
観光