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日本 > 徳島県 > 小松島市 > 芝生町 (小松島市)

芝生町(しぼうちょう)は、徳島県小松島市町名2016年2月末現在の人口は 1,317人、世帯数は510世帯[1]郵便番号は〒773-0009。

芝生町
字西居屋敷
字西居屋敷
芝生町の範囲
芝生町の範囲
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 徳島県
市町村 小松島市
人口
2016年(平成28年)2月末現在 小松島市の調査より)
 • 合計 1,317人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
773-0009

目次

地理編集

小松島市の北西部中央寄りに位置する。芝生山麓にあって南は田野町に接し、西南部は芝生山地に囲まれており、北は芝生川を境として日開野町と相対している。

芝生山地の東部および北部の山麓微高地に集落が発達し、集落の北部と南部は水田地帯が広く展開している。集落の中央を旧土佐街道(現徳島県道136号宮倉徳島線)が南北に走って立江町に通じている。産業は主として農業で、米作のほか、ミカンおよびタケノコが生産されている。

弁慶の岩窟は横穴式古墳で県史跡、また、旗山文治元年2月、治承・寿永の乱の時、源義経が摂津の渡辺の浜から荒海を渡海して屋島に向かう途次、小松島に上陸し、源氏の兵を集結するための目的として、白旗を掲げたところといわれている。

河川編集

 
芝生川

山岳編集

小字編集

  • 赤石
  • 網干
  • 内開
  • 萱久保
  • 西居屋敷
  • 西浦
  • 狭間
  • 花谷
  • 東居屋敷
  • 宮ノ後
  • 宮ノ前
  • 横須

歴史編集

芝生村編集

芝生村は江戸期から町村制が施行された(明治22年)にかけて勝浦郡に存在した村。徳島藩領。明治4年に徳島県、同年に名東県、明治9年に高知県を経て明治13年に再び徳島県に所属。

芝生編集

芝生は明治22年から昭和32年にかけて存在した大字名。はじめ小松島村、明治40年より小松島町、昭和26年からは小松島市の大字となる。

土佐街道に沿って集落が形成され、農業が主として行われている。水田による米作が卓越し、温州ミカン・タケノコも生産され、大正期から肥料および穀物用としての生産が行われた。

芝生町編集

昭和32年より名称が芝生町となる。昭和45年に一部が横須町となり、現在に至る。

交通編集

施設編集

 
旗山源義経像。騎馬像としては日本最大。

脚注編集

参考文献編集

外部リンク編集