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芝田 新(しばた あらた、1903年6月16日 - 没年不明)は、日本の俳優である。本名川上 勇之進(かわかみ ゆうのしん)[1]

しばた あらた
芝田 新
本名 川上 勇之進 かわかみ ゆうのしん
別名義 芝田 信 しばた しん
生年月日 (1903-06-16) 1903年6月16日
没年月日 不詳年
出生地 日本の旗 日本 北海道函館市
職業 俳優
ジャンル 映画演劇テレビドラマ
活動期間 1930年代 - 1960年代
主な作品
赤西蠣太
明治天皇と日露大戦争
毒婦高橋お伝
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人物・来歴編集

1903年(明治36年)6月16日北海道函館市に生まれる[1]

上京して早稲田大学文科卒業後、大阪市に移る。大阪松竹劇団を経て新声劇の幹部俳優となり、大阪の角座浪花座などに出演[1]1933年(昭和8年)には日活太秦撮影所に入社して映画俳優もこなした[1]。映画界入りの最初の年には主演作『峠三里』と『月光人斬橋』を残しているが[1]、以後は脇役に専念。1934年(昭和9年)に第一映画、1936年(昭和10年)には新興キネマへの移籍を経て、のちにフリーとなる。第二次世界大戦中から終戦後にかけてはフリーとして、東宝劇団東宝撮影所榎本健一一座古川緑波一座などで活躍した[1]1955年(昭和30年)からは日活と新東宝の作品におもに出演した[1]1961年(昭和36年)に新東宝が倒産する直前からはテレビの時代劇ドラマにも出演している。

出演作品編集

※テレビドラマ項目以外は映画出演作品である。
日本映画データベース参照[2]。なお日本映画データベースの「柴田新」表記は誤記である。
テレビドラマデータベース参照[3]

日活太秦撮影所編集

1933年
1934年

第一映画編集

1934年
1935年
1936年

片岡千恵蔵プロダクション編集

1935年
1936年

新興キネマ京都撮影所編集

1936年
1937年
1938年
1939年
1940年

日活多摩川撮影所編集

1941年

東宝映画編集

1943年

東宝編集

1953年
1956年

新東宝編集

1955年
1956年
1957年
1958年
1959年

日活編集

1955年
1956年
1957年
1958年
1959年
1960年

テレビドラマ編集

編集

  1. ^ a b c d e f g 『日本映画俳優全集・男優編』、キネマ旬報社、1979年、p.270.
  2. ^ 芝田新、日本映画データベース、2010年3月3日閲覧。
  3. ^ 芝田新、テレビドラマデータベース、2010年3月3日閲覧。

外部リンク編集