メインメニューを開く

花畑 (足立区)

東京都足立区の町名
日本 > 東京都 > 足立区 > 花畑 (足立区)

花畑(はなはた)は、東京都足立区北東部にある地名。現行行政地名は花畑一丁目から八丁目。住居表示実施済み区域である。郵便番号は121-0061[2]

花畑
花畑団地
花畑団地
花畑の位置(東京23区内)
花畑
花畑
花畑の位置
北緯35度47分56.6秒 東経139度48分41.0秒 / 北緯35.799056度 東経139.811389度 / 35.799056; 139.811389
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Adachi, Tokyo.svg 足立区
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 • 合計 18,775人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
121-0061[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 足立
花畑記念庭園

隣接する地域は、北はおおむね毛長川を境として埼玉県草加市瀬崎、北東の一部は埼玉県八潮市西袋、東は綾瀬川を境として埼玉県八潮市大曽根および浮塚、南は足立区南花畑、西は足立区保木間

範囲編集

広義の「花畑」は、旧東京府南足立郡花畑村に属していた区域全体を指し、その範囲は現行行政地名の「花畑」「南花畑」に加え、神明神明南辰沼六木谷中北加平町加平西加平に相当し、現・神明一丁目に花畑村役場が置かれていた。

地域編集

七丁目に浅草はじめ、各地の「お酉さま」の本社といわれる大鷲神社が鎮座する。農村から発達した住宅地域で、集合住宅も多いのどかな町である。現在、東部で土地区画整理事業が進行中で、古い家並や湾曲した古道が姿を消しつつある。

花畑団地成立以前の集落名(カッコ内は伝統的な現地読み)

  • 鷲宿(わしじく。しく(宿)と略称されることがある)
  • 外河原(そとがわら)
  • 下沼(しぶぬま)
  • 榎戸(いぬきど)
  • 会組(あいぐみ)
  • 中組(なかぐみ)
  • 前通(めえどおり)
  • 堤根(つつむね)

地価編集

住宅地の地価は、2017年平成29年)の公示地価によれば、花畑4-34-1の地点で23万2000円/m2となっている[4]

地名の由来編集

1889年明治22年)の市制町村制施行に伴い近隣8か村が合併し、近代行政村として成立した際に名づけられた地名である。

正平7年(1352年)の古文書に「花俣(はなまた)」として登場する東京都区内屈指の古村である。その後「花又」と表記されるようになり、江戸時代は一貫して御料所天領=将軍直轄地)であった。上記の合併に際し、うち最大だった花又の名に基づき「花畑」(村)が誕生した。これは「花又」の美称地名であると同時に、花又村のままでは合併した諸村が従属的立場となり好ましくないとの配慮から付けられたものである。

大鷲神社に伝わる縁起によると、「花又」という地名は応徳年間頃までさかのぼるというが、もとより伝説の域を出ない。後三年の役で奥州へ向かう途中の源義光がここを通りかかった時に、木の根元に光るものがあった。取り出してみると大鷲の背に釈迦仏が乗った鷲明神の尊像であった。そのとき傍らの川が源氏の白旗のように「花また綾に」光った。そこで村を「花又」、傍らの川を「綾瀬」と名づけたという。

世帯数と人口編集

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
花畑一丁目 936世帯 1,978人
花畑二丁目 781世帯 1,874人
花畑三丁目 1,248世帯 2,626人
花畑四丁目 1,409世帯 2,590人
花畑五丁目 2,027世帯 3,414人
花畑六丁目 1,136世帯 2,778人
花畑七丁目 529世帯 1,176人
花畑八丁目 1,172世帯 2,339人
9,238世帯 18,775人

小・中学校の学区編集

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。なお、足立区では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能。ただし、小学校に関しては、2018年(平成30年)度から学区域または学区域に隣接する学校のみの選択になる。[6][7]

丁目 番地 小学校 中学校
花畑一丁目 全域 足立区立花畑第一小学校 足立区立花畑中学校
花畑二丁目 1〜16番
その他 足立区立桜花小学校 足立区立花畑北中学校
花畑三丁目 33番以降
その他 足立区立花畑第一小学校 足立区立花畑中学校
花畑四丁目 全域 足立区立花畑西小学校
花畑五丁目 1〜10番
12番
その他 足立区立桜花小学校 足立区立花畑北中学校
花畑六丁目 全域
花畑七丁目 全域
花畑八丁目 全域

交通編集

主要幹線道路および鉄道路線はない。

鉄道編集

東武伊勢崎線竹ノ塚駅バス10-15分。また谷塚駅も利用可能。
つくばエクスプレス線六町駅へバス5-15分となっている。青井駅も利用可。

道路・橋梁編集

河川編集

  • 綾瀬川(かつては舟運がさかんであった)
  • 毛長川(毛長堀ともいう)
  • 伝右川

主な施設編集

  • 文教大学新キャンパス(2020年開校予定)
  • 足立区立桜花小学校
  • 足立区立花畑西小学校
  • 足立区立花畑第一小学校
  • 足立区立花畑中学校
  • 足立区立花畑北中学校
  • 東京都立足立特別支援学校
  • 花畑区民事務所
  • 友愛病院
  • 桜花亭の名所)
  • 足立自動車検査登録事務所
  • マイ・エス・スイミング花畑
  • 鞄工房土屋(西新井へ転出)

寺社編集

  • 林松寺
  • 実性寺 - クリーニング業の祖とされる遠山由造の墓がある[8]
  • 正覚院 - 東京都内で一番古い庚申塔がある。
  • 東善寺 - 数が少ない時宗の寺。
  • 縁起寺花畑阿弥陀堂 - 総御影石造りの石仏阿弥陀如来像がお堂の中央に安置されている全国的に見ても大変珍しいお堂。
  • 浅間神社 - 野良浅間とも言う。富士講による富士塚がある。
  • 福寿院
  • 諏訪神社
  • 花畑大鷲神社酉の市発祥の社)

歴史編集

一時期置かれたレンガ工場を除き、1964年の花畑団地誕生までは、ほぼ純然たる農村地域であったと考えられる。1978年2月に住居表示が実施された。その際、南花畑の一部となる旧・内匠本町(開拓者・芦川内匠に由来する)の住民による反対運動があった。

1858年安政5年)、幕府奥医師に登用された青木春岱は当地出身とする説がある(国立公文書館内閣文庫・多聞櫓文書)。

年表編集

  • 1889年5月1日 - 東京府南足立郡花又村など8村が合併し、花畑村が成立。それまでの旧村名は花畑村の大字名となる。
  • 1932年10月1日 - 南足立郡が東京市に編入されて東京市足立区となる。おおむね大字単位で町名が定められることになり、花畑村大字花又は足立区花畑町となる。
  • 1976年10月1日 - 花畑町の一部に住居表示が実施され、辰沼二丁目に編入される。
  • 1978年2月1日 - 花畑町の大半と内匠本町の全域、保木間町、六町の一部に住居表示が実施され、花畑一-八丁目・南花畑一-五丁目が設置される。また同日、花畑町の一部に住居表示が実施され、保木間三-五丁目、六町四丁目に編入される。
  • 1978年4月1日 - 花畑町の残存地域に住居表示が実施され、神明一丁目、神明南一・二丁目、北加平町に編入される。

著名な出身者編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ a b 足立区の町丁別の世帯と人口”. 足立区 (2017年12月4日). 2017年12月7日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月7日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月7日閲覧。
  4. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  5. ^ 区立小・中学校の通学区域表・通学区域図”. 足立区 (2017年4月15日). 2017年12月7日閲覧。
  6. ^ 学校選択制度について”. 足立区 (2017年6月1日). 2017年12月7日閲覧。
  7. ^ 小学校の「学校選択制度の改正」について”. 足立区 (2017年5月3日). 2017年12月7日閲覧。
  8. ^ 足立史談会編(1992年)160頁。

参考文献編集

  • 足立史談会編 『足立区史跡散歩』、学生社、1992年、159-160頁。

外部リンク編集