イギリスツーリングカー選手権

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イギリスツーリングカー選手権British Touring Car Championship )は、イギリスで毎年行われるツーリングカーレースのシリーズである。略称のBTCCで呼ばれることも多い。

イギリスツーリングカー選手権
カテゴリ ツーリングカー
国・地域 イギリスの旗 イギリス
開始年 1958年
ドライバー 25(2010年)
チーム 15(2010年)
コンストラクター 7(2010年)
ドライバーズ
チャンピオン
イギリスの旗 Colin Turkington
チーム
チャンピオン
イギリスの旗 WSR
マニュファクチャラーズ
チャンピオン
ドイツの旗 BMW
公式サイト btcc.net

目次

歴史編集

1958年にイギリスサルーンカー選手権British Saloon Car Championship )として開始され、以後何度ものルール変更を経てきた。1960年代後半から1970年代にかけてはFIAグループ1またはグループ2規定、1980年代にはグループA規定の車両で争った。1987年にシリーズは現在の名称になった。1990年代には下位シリーズとしてグループN規定車両によるレースも開催された。

当初選手権は、排気量別にクラス分けされた車両が混走し、しかもクラスごとに与えられたポイントで全クラスが単一のチャンピオンシップを争う形式だった。つまり個々のレースで一度も総合優勝をしていない小排気量クラスの車がシリーズチャンピオンになる可能性もあり、観客のタイトル争いへの興味を失わせることにもなった。たとえば1980年代にはクリス・ホッジス(Chris Hodgetts )がトヨタ・カローラで2度チャンピオンを獲得したが、ほとんどのレースではより大排気量の車が勝っていた。フォード・シエラコスワースRS500がレースを制していた時代、クラスBのBMW・M3に乗るフランク・シトナー(Frank Sytner )や、より小排気量のクラスCのボクスホールアストラに乗るジョン・クレランド(John Cleland )がシリーズタイトルを獲得した。

1980年代末のフォード・シエラ・コスワース最強時代の後、1990年からBTCCは排気量を統一した "2.0Lフォーミュラ" で争われることになった。この規格は後に FIA認定の"スーパーツーリング(ツーリングカークラスII)" としてヨーロッパや日本に広まっていった。BTCCは2000年までスーパーツーリング規定を続け、2001年からは新たに "BTCツーリング" 規定を導入した。そして2007年以降はスーパー2000規格が導入されている。2000年代はスーパーツーリング規定の時代より低コストな車となり、メーカーワークスチームやイギリス国外からのドライバーは減少することになった。

 
2006年 ブランズ・ハッチでのBTCC

2001年以降「BTCツーリング」という独自の規定でシリーズを開催していたが、2004年からはスーパー2000規定の車両の参加を認めることになった。それ以降スーパー2000規定の車両が徐々に多数派となり、BTCツーリング規定の車両はごく一部のインディペンデントチームが使用するだけになった。

BTCCを戦うレーシングチームは、メーカーが運営するワークスチームと、Team RACTeam DynamicsMotorbase といったインディペンデントチームの2種類に分けられる。ワークスチームは近年ボクスホールのみの参戦が続いていたが2009年シーズン終了をもって撤退、入れ替わりに2010年からはシボレーRMLがチーム運営)、ホンダTeam Dynamicsが運営)の2メーカーがワークス参戦を開始した[1]

2005年には Team Dynamicsマット・ニールホンダ・インテグラを駆ってインディペンデントチーム初の総合ドライバーズチャンピオン・チームチャンピオンに輝いた。BTCCで初めてとなる年間30レース全完走を記録し、ボクスホールの5年連続ドライバーズ/チーム/マニュファクチャラーズチャンピオンを阻止した。翌2006年もニールと Team Dynamics はシリーズを制したが、2007年はイタリアのファブリツィオ・ジョヴァナルディによってボクスホールがタイトルを奪還した。

また遡って1999年、スーパーツーリング規定で行われていた時代には、Team Dynamics とニールは日産・プリメーラを駆ってインディペンデントチーム初のレース総合優勝をドニントン・パークで果たし、賞金250,000ポンドを獲得している。

ニールのシリーズ連覇、そして2007年シーズンより投入したスーパー2000仕様のホンダ・シビックタイプRはチーム自身が設計・制作を行っていることから、Team Dynamics はインディペンデントチームとは見なされず、ワークスチームとして扱われるようになった。

スーパーツーリング規定時代の末期に参戦コストが高騰したことを反省し、現在は車両の改造範囲に厳しい制限が設けられている。参戦コストの低下は多くのインディペンデント系チーム・個人の参加を呼び込むようになった。彼らはメーカー系ワークスチームから型落ちの車両を買い取り、「元ワークス」車で参戦、そこそこの成功を収めるようになった。またより一層のコスト抑制を目的とし、BTCCではダンロップタイヤのワンメイク体制を取っている。

より低燃費の車両を奨励するために、レギュレーションでは様々な燃料の使用を認めている。2004年から、インディペンテントチームの Mardi Gras Motorsport はLPガス仕様のシビックタイプRで参戦している(後に同じくLPガス仕様のプジョー・406クーペに変更している)。2005年には Tech-Speed Motorsport チームが型落ちのワークス車、ボクスホール・アストラをバイオエタノール仕様に改造している。2006年には Kartworldチームのオーナードライバーの Jason Hughes もバイオエタノール仕様のMG・ZSで出場し、後には ウェスト・サリー・レーシング[2]Colin TurkingtonRob Collard、プジョー・307を駆る Richard Marsh も追従した。Jason Hughes だけが2007・2008年シーズンもバイオエタノール車での参戦を継続した。

また、レギュレーションではディーゼル車の出場も認めている。2007年には Team AFM Racing の Rick Kerry がBMW・120d E87で出場した。2008年にはワークスチームとして初めて、セアトスポーツUKチームがターボディーゼル仕様のセアトレオンを投入している。2010年シーズンは Team AON racing がLPガス仕様のフォード・フォーカスSTで参戦している[3]

2011年からは試験的にNGTC(Next Generation Touring Car)という新規格が導入され、2014年に完全移行した。

車両規定編集

現行のNGTC規定は低コスト化・性能均衡化を強く意識したもので、10万ポンド(約1,500万円)でシャーシが作れるように電装系やブレーキサスペンションギアボックスクラッチなど多くのコンポーネントを共通化しており、その意味ではキットカーに近い性格を持つ。エンジン形式も2000ccターボに統一され[4]、ターボ部品もオーウェン・ディベロップメント製の共通コンポーネントになっている。タイヤはダンロップのワンメイク。

駆動形式は元々前輪駆動車のみの予定であったが、一部のチームの意向を汲み後輪駆動車も可とされた。またベース車両が四輪駆動の場合は駆動輪を選んで換装する。

2010年にトヨタ・アベンシスのテスト車両がデモランを行い、2011年から本格的に導入された。

NGTC規定はSTCC(スカンディナビアン・ツーリングカー選手権)にも2012年から採用されていたが、2017年にTCR規定に取って代わられている。

レース形式編集

レースウィークエンドの土曜日、2回のプラクティスセッションに続いて30分間の予選セッションが行われ、日曜日の第1レースのスターティンググリッドを決めることになる。

それぞれのレースは16周から25周程度(コース長による)で行われ、第1レースの結果により第2レースのスターティンググリッドが決まる(勝者がポールポジション)。

第3レースではリバースグリッドを採用している。風変わりなリバースグリッド制度であり、どこまでのポジションが逆順になるかは第2レース後に抽選で決められる。6から10までの番号が付けられたホイールを回し、例えば7で止まれば1位から7位までのグリッドが逆順になり、8位以降は第2レースの順位通りのグリッドからスタートすることになる。ホイールを回すのは第2レースの勝者の役目である。ただし最終戦でその勝者にタイトル獲得の可能性がある場合は除外される。

2005年までは、第3レースのリバースグリッドは1 - 10位が逆順になるように固定化されていた。ポールポジション狙いのために故意に10位を狙うドライバーもいたため、このルールは物議を醸した。グリッド後方の速いドライバーがオーバーテイクする様を楽しめるという意見がある一方、グリッド順位を上げるためにわざと他車に抜かせる等の行為が見られ、モーター「スポーツ」としての純粋さが失われることに苦言を述べる者もいた。また第2レースのフィニッシュ間際に急激にスローダウンし、後続車に強制的にオーバーテイク「させる」といった危険な行為も問題になった。以上のような状況を受けて、2006年シーズンからは現在の抽選制リバースグリッドに変更された。

ポイントシステム編集

各レースの上位10名に以下の通りポイントが与えられる :

  • 1位 = 15 ポイント
  • 2位 = 12 ポイント
  • 3位 = 10 ポイント
  • 4位 = 8 ポイント
  • 5位 = 6 ポイント
  • 6位 = 5 ポイント
  • 7位 = 4 ポイント
  • 8位 = 3 ポイント
  • 9位 = 2 ポイント
  • 10位 = 1 ポイント

各レースでファステストラップを記録したドライバーには1ポイントが与えられる。

レース中1周でもラップリーダーになったドライバーにはボーナスとして1ポイントが与えられる。ただし何周リードしても1人1ポイントが上限。

土曜日の予選セッションでポールポジションを獲得したドライバーにもボーナスとして1ポイントが与えられる。

近年のチャンピオン編集

現在はシーズンごとに5つのチャンピオンシップが設定されている。総合ドライバーズチャンピオンはシーズン中最多ポイントを獲得したドライバーに与えられる。1992年以降はインディペンデントドライバーズチャンピオンも設定され、非ワークスチームのうちポイント最上位となるドライバーに与えられるようになった。さらには総合チームチャンピオン、メーカー(マニュファクチャラー)チャンピオン、2004年からはインディペンデントチームチャンピオンも設定されている。2000年から2003年の間はプロダクションクラス(クラスBとも)のドライバー/チームチャンピオンも設定されていた。

総合 インディペンデント プロダクション
ドライバーズ
チャンピオン
メーカー
チャンピオン
チーム
チャンピオン
ドライバー チーム ドライバー チーム
2001   ジェイソン・プラト ボクスホール Vauxhall Motorsport 無し   Simon Harrison HTML
2002   ジェームス・トンプソン ボクスホール Vauxhall Motorsport   Dan Eaves VLR   James Kaye Synchro Motorsport
2003   イヴァン・ミュラー ボクスホール VX Racing   Rob Collard Collard Racing   Luke Hines Barwell Motorsport
2004   ジェームス・トンプソン ボクスホール VX Racing   アンソニー・レイド ウェスト・サリー・レーシング 無し
2005   マット・ニール ボクスホール Team Halfords   マット・ニール Team Halfords 無し
2006   マット・ニール セアト Team Halfords   マット・ニール Team Halfords 無し
2007   ファブリツィオ・ジョヴァナルディ ボクスホール SEAT Sport UK   コリン・ターキントン Team RAC 無し
2008   ファブリツィオ・ジョヴァナルディ ボクスホール VX Racing   コリン・ターキントン Team RAC 無し
2009   コリン・ターキントン ボクスホール VX Racing   コリン・ターキントン Team RAC 無し
2010   ジェイソン・プラト シボレー RMLグループ   トム・チルトン Team Aon
2011   マット・ニール Honda Honda Racing Team   ジェームス・ナッシュ Triple 8 Race Engineering Jack Sears Trophy for S2000 chassis.
2012   ゴードン・シェデン Honda Honda Yuasa Racing Team   アンドリュー・ジョーダン Pirtek Racing Drivers' Champion Teams' Champion
2013   アンドリュー・ジョーダン Honda Honda Yuasa Racing Team   アンドリュー・ジョーダン Pirtek Racing   Lea Wood Not awarded
2014   コリン・ターキントン MG eBay Motors   コリン・ターキントン eBay Motors   Dave Newsham

日本車勢の活躍編集

1980年代以降、多くの日本車が各チャンピオンシップを制している。1980・1981年はトム・ウォーキンショー・レーシング (TWR)のウィン・パーシーサバンナ・RX-7でドライバーズチャンピオンを制したのがその最初である。パーシーは続く1982年にもトヨタ・カローラ(E70型)でドライバーズチャンピオン3連覇を果たした。1986年・1987年にはAE86型のカローラレビンがクリス・ホジェッツの手にドライバーズチャンピオンをもたらしている[5]

その後トヨタは1991年からカリーナでワークス参戦を開始、多くの勝利を収めた。インディペンデント・クラスでもカリーナが1992年、カリーナEが1994・1996年、レクサス・ISアルテッツァ)が2001年のチャンピオンシップを制している。

日産は1991年からプリメーラでワークス参戦を開始し、1998・1999年にはローレン・アイエロがドライバーズ王者となる。また同時に日産はマツダとトヨタが為しえなかったチーム部門とマニュファクチャラー部門での日本車制覇を達成した。(活動の詳細は日産・プリメーラ#モータースポーツを参照)

ホンダは1997年からアコードでワークス参戦を開始し多くの勝利を挙げ、チャンピオンシップでも上位に入った。2002年には新たにシビックタイプRを投入している。ホンダは今日までに7回のドライバーズタイトルと5回のマニュファクチャラーズタイトルを獲得しており、BTCC史上最も成功した日本メーカーとなっている。

2016年からはチームBMRがスバル・レヴォーグを採用しマニュファクチャラーとして参戦、2年目の2017年に早くもドライバーズタイトルを獲得した。

脚注編集

外部リンク編集