范 白虎(はん はくこ、ファム・バック・ホー、ベトナム語Phạm Bạch Hổ / 范白虎開平4年1月10日910年2月22日) - 太平3年11月16日972年12月24日))は、ベトナム十二使君の一人。范防遏ベトナム語Phạm Phòng Át / 范防遏)とも称された。

范白虎
各種表記
漢字チュノム 范白虎
北部発音: ファム・バック・ホー
日本語読み: はん はくこ
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生涯編集

藤州(現在のフンイエン省キムドン県)を拠点とした。はじめ楊廷芸に仕え、楊廷芸が矯公羨に殺されると呉権の支配下に入った。乾和8年(950年)に呉昌文楊三哥に対して兵を挙げると、派兵して呉昌文を助けた。

呉昌文が戦死して呉朝が衰退すると自立するが、丁部領に敗れて降伏し、その将軍となった。