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荒木 太郎(あらき たろう、1961年2月16日[1] - )は、日本映画監督脚本家俳優池島ゆたか吉行由実国沢実と並び、20世紀末における大蔵映画株式会社のピンク映画監督の四大巨匠の一人[2]

経歴編集

荒木太郎は1981年エキストラとして映画業界に入った[1]1985年国映スタジオで舞台裏の仕事を開始し、北沢幸雄監督の『濡れた処女 ワイセツ暴行』や、佐野和宏監督の『最後の弾丸』(公開題:監禁 ワイセツな前戯)などの映画で助監督を務めた[3]。荒木は他監督の作品のみならず、自身の監督する映画にも俳優として出演している。1995年の『パレード』での演技で、ピンク大賞の男優賞を受賞している[4]

荒木の監督としてのデビューは、1996年の『異常露出・見せたがり』である[5]。彼のピンク映画への姿勢は、ピンク四天王ピンク七福神などとして知られる過去20年間の有名な監督たちの多くとは異なっている。荒木は映画製作に対してより大衆的な動機をいだいており、大衆よりも一人を楽しませようという映画製作への意見に敵対心を持っていた。彼は、特に大都市の外では、知的な批評家や、ピンク映画雑誌「PG」やピンク大賞を代表するファンよりも、伝統的なピンク映画ファンを故意に楽しませようとした。にもかかわらずピンク大賞において、荒木は成功した映画監督として証明されている。2000年の『せつなく求めて‐OL編‐』は男優賞、新人監督賞と、作品賞1位を受賞し[6]2001年の『義姉さんの濡れた太もも』では監督賞を受賞した。加えて、彼の作品の多くは、毎年のピンク映画大賞のトップテンリストに名を連ねている[7]

2018年2月16日から上映予定だった映画『ハレンチ君主 いんびな休日』は劇場支配人の意向で上映中止となっている[8]

作品編集

ピンク大賞編集

  • 2000年 1位:せつなく求めて‐OL編‐
  • 2001年 4位:義姉さんの濡れた太もも
  • 2001年 選外佳作賞:初恋不倫 乳首から愛して
  • 2002年 7位:痴漢バス2 三十路の火照り
  • 2002年 10位:年上の女 博多美人の恥じらい
  • 2003年 6位:美乳暴行 ひわいな裸身
  • 2003年 8位:隣のお姉さん 小股の斬れ味
  • 2004年 2位:美肌家政婦 指責め濡らして
  • 2008年 7位:悶々不倫 教え子は四十路妻

ピンキーリボン賞編集

  • 2004年 ゴールドぴんく賞:美肌家政婦 指責め濡らして
  • 2004年 パールぴんく賞:食堂のお姉さん 淫乱にじみ汁
  • 2005年 シルバーピンク賞:爆乳Gカップ とろける谷間

関連書編集

英語編集

  • Sharp, Jasper (2008). Behind the Pink Curtain: The Complete History of Japanese Sex Cinema. Guildford: FAB Press. pp. 334–35, 342, etc.. ISBN 978-1-903254-54-7. 

出典編集

  1. ^ a b 荒木太郎”. 日本映画監督協会. 2013年5月7日閲覧。
  2. ^ Sharp, Jasper (2008). Behind the Pink Curtain: The Complete History of Japanese Sex Cinema. Guildford: FAB Press. p. 334. ISBN 978-1-903254-54-7. 
  3. ^ Sharp, Jasper (2008). Behind the Pink Curtain: The Complete History of Japanese Sex Cinema. Guildford: FAB Press. pp. 334–35. ISBN 978-1-903254-54-7. 
  4. ^ 1995年度ベストテン” (Japanese). P*G Website. 2009年1月18日閲覧。
  5. ^ Pink Films History” (Japanese). P.G. Web Site. 2002年5月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年6月21日閲覧。
  6. ^ 2000年度ベストテン” (Japanese). P*G Website. 2009年1月18日閲覧。
  7. ^ 2001年度ベストテン” (Japanese). P*G Website. 2009年1月18日閲覧。
  8. ^ 思想的な意図はない? 「昭和天皇」モデルのピンク映画 右翼重鎮が苦言 | デイリー新潮” (日本語). デイリー新潮. 2018年4月27日閲覧。

外部リンク編集