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荘侯(そうこう、生年不詳 - 紀元前612年)は、春秋時代君主。姓は姫、名は甲午。穆侯の子で、穆侯の後を受けて蔡国の君主となった。

荘侯
王朝
在位期間 前645年 - 前612年
姓・諱 姫甲午
諡号 荘侯
没年 紀元前612年
穆侯

紀元前639年、荘侯は成王襄公穆公文公僖公共公と盂で会合した。諸侯は宋の襄公を捕らえて、宋を攻撃した。紀元前633年、荘侯は楚を中心とする連合軍に参加し、宋を包囲した。

紀元前632年、楚が城濮の戦いに敗北したことから、荘侯は側に寝返り、践土の盟に参加した。また温の会合に参加した。ほどなく蔡は楚側に復帰した。紀元前617年、荘侯は楚の穆王と厥貉に宿営し、宋への進攻を図った。宋が屈服したため、戦闘にはならなかった。

紀元前612年、晋を中心とする新城の盟に参加しなかったことを理由に、晋の郤缺が蔡を攻撃した。荘侯は屈服し、扈で諸侯と盟を交わした。この年、荘侯は死去した。在位34年。

参考文献編集

先代:
穆侯
の君主
紀元前645年 - 紀元前612年
次代:
文侯