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葛木倭文座天羽雷命神社

葛木倭文座天羽雷命神社(かつらきしとりにいますあめのはいかづちのみことじんじゃ)は、奈良県葛城市二上山山麓にある神社である。式内大社で、旧社格村社。単に倭文神社(しずりじんじゃ)とも呼ばれる。

葛木倭文座天羽雷命神社
Katsuragishizurinimasu Jinja Keidai.jpg
境内(石段奥に拝殿)
所在地 奈良県葛城市加守1045
位置 北緯34度31分51秒
東経135度41分18秒
座標: 北緯34度31分51秒 東経135度41分18秒
主祭神 天羽雷命
社格 式内社(大)論社
村社
創建 不詳
本殿の様式 三間社流造
例祭 10月17日
地図
葛木倭文座天羽雷命神社の位置(奈良県内)
葛木倭文座天羽雷命神社
葛木倭文座天羽雷命神社
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境内入口

祭神編集

天羽雷命(あまはいかづちのみこと)を主祭神とし、右殿に摂社・掃守神社(天忍人命)、左殿に摂社・二上神社(大国魂命)を配祀する。

天羽雷命は各地に機織や裁縫の技術を伝えた倭文氏の祖神で、当社は日本各地にある倭文神社の根本の神社とされる。

天忍人命は彦波渚武鵜草葺不合命生誕のときにその胎便(「蟹」と呼ばれる)を掃除したという神で、その子孫は蟹守(かもり)氏(掃部、加守、狩森などとも)と称した。当社の社家も蟹守氏である。附近の「加守」という地名も蟹守に由来するもので、当社は江戸時代まで「加守明神」と呼ばれていた。

大国魂命は二上山山頂にある葛木二上神社の祭神である。山頂の二上神社の遥拝所もしくは里宮的な存在であったとみられる。

歴史編集

概史編集

創建の年代等は不詳である。文献の初出は、『日本三代実録』の貞観元年(859年1月27日条、当社に従五位上神階を授けるという記述である。延喜式神名帳では「大和国葛下郡 葛木倭文坐天羽雷命神社」と記載され、大社に列している(ただし、葛木倭文坐天羽雷命神社については葛城市新庄町の博西神社も論社とされている)。

明治6年(1873年)に村社に列格し、明治40年(1907年)に神饌幣帛料供進社に指定された。

神階編集

境内編集

交通アクセス編集

関連項目編集

外部リンク編集