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蓮教寺(れんきょうじ)は、名古屋市名東区高針四丁目にある真宗高田派寺院である。山号法雲山

蓮教寺
Renkyoji3.jpg
所在地 名古屋市名東区高針四丁目865
位置 北緯35度9分22.9秒
東経137度0分43.2秒
座標: 北緯35度9分22.9秒 東経137度0分43.2秒
山号 法雲山
宗旨 浄土真宗
宗派 真宗高田派
本尊 阿弥陀如来
創建年 (伝)長徳年間(995年-999年
開山 (伝)源信
開基 (伝)源頼光
中興年 永禄元年(1558年)、もしくは永禄4年(1561年
中興 蓮光(蓮香とも)
法人番号 8180005001951
蓮教寺 (名古屋市)の位置(愛知県内)
蓮教寺 (名古屋市)
蓮教寺 (名古屋市)の位置(名古屋市内)
蓮教寺 (名古屋市)
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歴史編集

寺伝によれば、長徳年間(995年-999年)に源頼光の発願により、源信を開山に招き、「高針山蓮蔵院(蓮華蔵教院とも)」という天台宗の寺院として創建されたという[1][2]。多くの子院を有したというが、承久の乱の兵火によって全山焼亡[2][3][4]。その後、寺号を「明眼寺」と改める[注釈 1]

永禄4年(1561年)に、時の住職だった蓮光(蓮香とも)によって改宗。これにより、寺では蓮光を中興開山・第2世住職としている[2][4][注釈 2]元和年間(1615年-1624年)、第5世住職・蓮勝の代に寺号を現在の「蓮教寺」に改称[2][4]。同じ頃に山号も「法雲山」と改めたという[2][注釈 3]

蓮勝の弟には蔵鱗という者がおり、柴田勝家に従って各地を転戦した。織田信長から「大鐘」の姓を賜って、大鐘藤八と名乗ったという。勝家死後、蓮教寺に戻り、境内に白山権現を勧請した[5]

近世期に移転を繰り返しており、正徳6年(1716年)に現在地へ移った[2]。現存する本堂や山門などは、移転後の江戸中期以降に建てられたものである。江戸後期には景勝地として、『尾張名所図会』に牧の大池(牧野池)と並べて描かれている[6]

境内編集

以上5件の建造物は2017年に国の登録有形文化財に登録された[8][9]

注釈編集

  1. ^ かつて寺が所蔵していた永正3年(1506年)11月3日付の今川氏親制札(現存せず)には「明眼寺」と記されていたという[4]
  2. ^ 改宗は永禄元年(1558年)ともいう[5]
  3. ^ 元和3年(1617年)とする資料もある[3]

出典編集

  1. ^ 愛知県の地名 & 1981年, p. 231.
  2. ^ a b c d e f 麓和善 & 2007年, p. 91.
  3. ^ a b c 名東区区制20周年記念事業実行委員会 & 1995年, p. 117.
  4. ^ a b c d 猪高村誌編纂委員会 & 1959年, p. 157.
  5. ^ a b 名東史跡案内 蓮教寺”. 名東史跡の会 (2017年3月3日). 2017年4月12日閲覧。
  6. ^ 岡田啓 (文園), 野口道直 (梅居) 国立国会図書館デジタルコレクション 『尾張名所図会. 前編 巻5 愛智郡』 片野東四郎、1880年http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/764884/34 国立国会図書館デジタルコレクション 
  7. ^ 猪高村誌編纂委員会 & 1959年, p. 158.
  8. ^ 平成29年5月2日文部科学省告示第75号
  9. ^ 各建物の建立年代は下記による。

参考文献編集

  • 『猪高村誌』猪高村誌編纂委員会編、猪高村誌編纂委員会、1959年。
  • 『愛知県の地名(日本歴史地名大系 ; 23)』平凡社、1981年。ISBN 4582490239
  • 『名東区制20周年記念誌 : 文化薫る思いやりのまち名東区』名東区区制20周年記念事業実行委員会編、名東区区制20周年記念事業実行委員会、1995年。全国書誌番号:96035675
  • 伊藤正甫著『名東区の歴史』愛知県郷土資料刊行会〈名古屋区史シリーズ〉、2006年。ISBN 4871610748
  • 麓和善写真・文『法雲山蓮教寺 保存修復工事の記録』蓮教寺、2007年。全国書誌番号:21325397

外部リンク編集