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藤井 達吉(ふじい たつきち、1881年6月6日 - 1964年8月27日)は、近代工芸の革新を志した工芸家、図案家。愛知県出身。戦後は愛知県小原村和紙工芸を振興した。

2008年には碧南市藤井達吉現代美術館が開館した。

略歴編集

 
小原村にあった工房、瀬戸市に移築され茶室として利用されている。

工芸との関わり編集

藤井は、小学校卒業後の木綿問屋への奉公を終えると、美術学校への進学を希望した。しかし、父親に許されず、服部七宝店(名古屋)に就職する。そして、明治38年6月には七宝作品出陳のため、オレゴン州ポートランドで開催された「ルイス・クラーク100周年記念万国博覧会」に赴いた。このとき、ボストン美術館で東西の美術作品を見る機会を得て、同年(明治38年)12月に帰国する[1]。 日本に帰った藤井は七宝店を退職し、上京して美術工芸家としての活動を本格的に開始する。。藤井は、明治の終わりから大正時代にかけて、吾楽会、フュウザン会、装飾美術家協会、日本美術家協会、无型など、前衛的なグループに参加して、七宝焼日本画陶芸金工竹工漆工刺繍染色和紙和歌など工芸のあらゆる分野で活躍し、古い型にとらわれない斬新な作品で注目される。藤井の活動は幅広く、家庭婦人向けの工芸の手引書を執筆するといった活動も行っており[2]、こうした活動は、日本の工芸品の製作の大衆化を目標としたもので、後の七宝製作のブームの実質的な先駆者だったとも評価されている[3]昭和に入ると、藤井の作は文人画的性格が強まる。具体的には、平安時代の継紙を現代に蘇らせ、独自の工夫で「継色紙風蓋物」などの制作を行った[4]

主な文献編集

  • 山田光春『藤井達吉の生涯』風媒社 1974年
  • 『藤井達吉作品集』有秀堂 1980年
  • 『藤井達吉の芸術 : 生活空間に美を求めて』(白石和己監修;木本文平, 村田真宏, 松井秀法編集)愛知県美術館 1991年
  • 『藤井達吉展 : 近代工芸の先駆者』東京国立近代美術館/愛知県美術館 1996年
  • 『藤井達吉のいた大正 : 大正の息吹を体現したフュウザン会と前衛の芸術家たち : 碧南市藤井達吉現代美術館開館記念展』(浅野泰子, 土生和彦, 豆田誠路編集)碧南市藤井達吉現代美術館 2008年

脚注編集

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  1. ^ 『藤井達吉の滞米時期に関する報告』土生和彦
  2. ^ 雑誌『工芸時代』の創刊に協力するなどの活動を行った。
  3. ^ 『七宝文化史』(森秀人)近藤出版社 1982年
  4. ^ 『藤井達吉について』碧南市藤井達吉現代美術館

関連項目編集

外部リンク編集