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藤原 作弥(ふじわら さくや、1937年[1] - )は、日本のエッセイストノンフィクション作家日本銀行副総裁(1998年 - 2003年)。

目次

経歴・概要編集

宮城県仙台市生まれ[1]。1942年、言語学者の父に従って朝鮮清津へ移住する[2]。1944年、満洲興安街に転居する[2]が、1945年ソ連軍による侵攻の9時間前に脱出[3]安東で生活した後、1946年11月に帰国[2]

宮城県仙台第一高等学校を経て、1962年[要出典]東京外国語大学フランス語科[要出典]卒、時事通信社に入社[3]。経済部記者として大蔵省[3]担当。1967年よりオタワ[要出典]ワシントン特派員[1]。以後、日本銀行[3]経団連外務省などの担当を経て、編集委員[要出典]、解説委員[3]、解説委員長[1]を歴任。1982年『聖母病院の友人たち』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞[3]。1998年、日銀副総裁に就任( - 2003年)[3]。2003年、日立総合計画研究所取締役社長[3]( - 2007年)。大宅壮一ノンフィクション賞選考委員。日本ファッション協会「シネマ夢倶楽部」推薦委員[4]

著書編集

  • 聖母病院の友人たち 肝炎患者の学んだこと 新潮社, 1982 のち文庫
  • 満州、少国民の戦記 新潮社, 1984 のち文庫
  • 死を看取るこころ 講談社, 1987 のち文庫
  • 人間のいる風景 講談社, 1988
  • ビジネス書を肴にして NTT出版, 1990 「ビジネス読書学」現代教養文庫
  • 素顔の日銀総裁たち カラムコラム 日本経済新聞社, 1991
  • 本にからむコラム 新潮社, 1993
  • 満洲の風 集英社, 1996
  • 風評私評 文藝春秋, 1998
  • 攻守ところを変えて 日銀副総裁になった経済記者 時事通信社, 1999
  • わが放浪 満洲から本石町まで 時事通信社, 2001
  • 素顔の日銀副総裁日記 集英社, 2003

共著・編著編集

  • 李香蘭私の半生 山口淑子共著 新潮社, 1987 のち文庫
  • わたしの「生活大国」 総理大臣から中学生まで1300人の声 時事通信社, 1993

翻訳編集

  • ハードランディング作戦 ジェイソン・コーゾル 公文俊平共訳 講談社, 1988 「ドル大暴落の日」と改題、文庫

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集