藤原忠家

1033-1091, 平安時代中期の公卿。勅撰集『後拾遺和歌集』以下に4首入集

藤原 忠家(ふじわら の ただいえ)は、平安時代中期の公卿藤原北家御子左流権大納言藤原長家の次男。官位正二位大納言

経歴編集

寛徳元年12月30日1045年1月20日)に叙爵し、翌年に侍従補任される。その後、近衛少将などを経て、永承6年6月13日1051年7月23日)に従三位に叙せされる。康平3年12月16日1061年1月10日)に参議に補任され、同7年10月13日1064年11月23日)には正二位に叙位権中納言右衛門督兼官)・権大納言などを経て、承暦4年8月1日1080年8月18日)に大納言に任ぜられた。堀河天皇即位式では外弁を務めた[1]。また、応徳4年(1087年)の踏歌節会内弁を務めている。寛治4年9月25日1090年10月20日)に出家し、翌年6月6日(1091年6月25日)に受戒、その年の11月7日(1091年12月19日)に死去した。

系譜編集

脚注編集

  1. ^ 中右記
  2. ^ 『公卿補任』『尊卑分脈』による。『今鏡』では藤原基貞の娘とする。
  3. ^ 『中右記』『公卿補任』『今鏡』では母を経輔の娘とする。『尊卑分脈』では母を敦家の娘とする

参考文献編集

  • 加納重文「藤原忠家」(『平安時代史事典』(角川書店、1994年) ISBN 978-4-04-031700-7
  • 槇野廣造 編『平安人名辞典―康平三年〈上〉』(和泉書房、2007年) ISBN 978-4-7576-0396-7
  • 『尊卑分脈 第一篇』吉川弘文館、1987年