藤原 範兼(ふじわら の のりかね)は、平安時代末期の公家藤原南家貞嗣流。従三位大学頭、刑部卿。従四位下式部少輔藤原能兼1086年 - 1139年)の長男。弟に範季。子に従二位権中納言範光後鳥羽天皇の乳母で権勢を誇った事で知られる範子兼子姉妹がいる。叔母(能兼の妹)は源頼政の母。

経歴編集

儒家の家に生まれ、学者として知られた。父・能兼が保延5年(1139年)に死去すると、残された10歳の弟範季を引き取って養子とした。永万元年(1165年)に死去。享年59。残された幼い子供達は範季に引き取られて養育された。範季が高倉天皇の第4皇子・尊成親王(後の後鳥羽天皇)の乳母父となった事から、範兼の娘の範子・兼子らも乳母として親王に仕え、その即位ののちは権勢を振るった。土御門天皇は曾孫にあたる。

系譜編集

参考文献編集