藤原 経平(ふじわら の つねひら)は平安時代中期から後期にかけての公卿藤原北家小野宮流権中納言藤原経通の子。官位従三位非参議

経歴編集

長元4年(1031年図書助に任ぜられている[1]応徳2年(1085年大宰大弐に任ぜられる。応徳3年(1086年従三位に叙され、公卿に列す。しかし官位はここに止まり、寛治5年(1091年薨去享年77。後年、娘・睦子が産んだ藤原苡子鳥羽天皇の生母となったため、経平は天皇の曾祖父となった。

官歴編集

系譜編集

脚注編集

  1. ^ 小右記』長元4年3月29日条
  2. ^ a b 公卿補任応徳3年条

参考文献編集