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藤猪 省太(ふじい しょうぞう、1950年5月11日 - )は、日本の柔道家。1970年代から80年代にかけて一世を風靡した名選手である。旧姓名:藤猪省三(読み同じ)[1]

藤猪 省太
基本情報
ラテン文字 FUJII Shōzō
原語表記 ふじい しょうぞう
日本の旗 日本
出生地 香川県大川郡大内町
(現在の東かがわ市
生年月日 (1950-05-11) 1950年5月11日(69歳)
選手情報
階級 男子中量級
引退 1980年
 
獲得メダル
日本の旗 日本
柔道
世界柔道選手権
1971 ルートヴィヒスハーフェン 80kg級
1973 ローザンヌ 80kg級
1975 ウィーン 80kg級
1979 パリ 78kg級
アジア柔道選手権
1974 ソウル 80kg級
1974 ソウル 無差別級
2019年3月17日現在
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目次

来歴編集

香川県大川郡大内町(現在の東かがわ市)出身[2]

大内町立大川中学校(現在の東かがわ市立大川中学校)在学中に柔道を始める[3]。藤猪本人は大相撲力士に憧れており、角界へ行くために『体を大きくするにはどんなスポーツをやれば良いか』を考え、「柔道だったら背が高くて大きくなるだろう」と思って柔道を始めることにしたと云う[4]。中学校3年の時に父親の仕事の関係で兵庫県西宮市へ転居し、西宮市立上甲子園中学校へ転校する[4]。転校先の学校で兵庫県大会で優秀な成績を収めたことから天理高等学校にスカウトされて入学する[4]

高校時代には第17回全国高等学校総合体育大会柔道競技大会(1968年)に於いて団体戦優勝、藤猪自身も中量級で優勝するなど活躍を見せた[1]

天理大学柔道部に入り、初代師範松本安市の教えを請う。大学時代には無差別級の第24回全日本学生柔道選手権大会(1972年)に出場し、準決勝で重量級の遠藤純男日本大学)から背負投で一本勝ちを収め、決勝では重量級の上村春樹明治大学)に敗れたが体重差を克服する活躍を見せた[5]

日本代表選手として世界選手権中量級で4連覇の偉業を達成するなど、国際大会においては外国選手と100戦以上対戦して無敗の戦績を残した。世界最強の男と称され、畳の芸術家と言われた。

しかし、オリンピックとは縁がなく、1976年のモントリオールオリンピックは肘の故障で選考会に間に合わず落選。続く1980年のモスクワオリンピックでは国内選考会に快勝して代表に内定。金メダル獲得も期待されたが、ソビエト社会主義共和国連邦アフガニスタン侵攻に抗議するということで日本政府がモスクワ五輪ボイコットを強制したため、幻の代表に終わった。

幻のモスクワオリンピックの後に引退し、京都産業大学で教鞭をとる傍ら、柔道部で後進の指導に当たった。また母校天理大学に戻って体育学部体育学科教授[6]を務めて学生を指導する傍ら、天理大学柔道部監督として野村忠宏篠原信一穴井隆将大野将平などを指導した。

また、2008年の北京オリンピックの女子48kg級決勝などで審判員を務めた。

2016年に天理大学を退職[7]

2018年に故郷である東かがわ市のふるさと大使に委嘱され、さらにはインドネシア柔道代表チームの総監督を務めるなど後進の指導も熱心に行っている[3]

天理大学柔道部の暴力問題編集

2013年9月には天理大学柔道部で5月から7月にかけて4年生の男子部員4名が1年生部員複数に対して暴力を振るい、そのうちの1名が鼓膜を破るなどのケガをしていたことが明らかになった。柔道部部長である藤猪は7月にこの件の報告を受けて、土佐三郎監督や直接暴力は振るっていなかったものの暴行現場に居合わせた主将の大野将平らとともに、被害者である1年生部員の自宅へ謝罪に赴いた。しかし、女子柔道強化選手への暴力問題を受けて、暴力問題に本格的に取り組むことになった全柔連にはこの件を知らせず、8月には全柔連の新理事に就任した。この問題が発覚した9月4日の記者会見では、「部内と学校の中の話で終わると思った。甘かった」、「(暴力問題の対処は)大学に預けていたので、(学外に)問題が起きていることを言えなかった状況ということです」と述べて、この件を隠蔽する意図は持ち合わせていなかったことを主張した。これに対して被害を受けた1年生部員の関係者は、「これほどひどい暴力があった部の部長が、全柔連の理事になるなんて許せない」と憤った。

なお藤猪柔道部部長は3日に全柔連に対して理事を、4日には大学に対して柔道部部長を辞任する意向を伝えた[8][9][10][11][12]

9月5日に天理大学は今回の件を受けて、藤猪柔道部部長と土佐監督を解任したことを発表した。柔道部に対しても再発防止策が確認されるまで無期限の活動停止処分を下すことになった。 またこの日、全柔連は藤猪柔道部部長、土佐監督、正木嘉美監督代行の3名を東京に呼び出して、暴力事件の経緯及び全柔連への報告が遅れた点などに関する事情を大学側が用意した資料を基に聞き出した。翌週にも大学側からの再調査報告を受けて、藤猪らの処分を検討する懲罰委員会を立ち上げることになった。なお、藤猪柔道部部長がすでに提出していた全柔連理事の辞表届けは5日付けで受理された[13][14][15]

9月11日には大野も別の暴力行為に加担していたことが明らかになった[16]

9月18日に全柔連は懲罰委員会を開いて、藤猪前部長と土佐前監督を「暴力防止義務はあったが手は出していない」として文書による戒告、1年生に平手打ちするなどの暴力を振るった73kg級世界チャンピオンで柔道部元主将の大野将平ら4年生9名に3ヶ月の登録停止処分をそれぞれ下した[17][18]

主な戦績編集

中量級編集

78kg級編集

脚注編集

  1. ^ a b 全国高等学校柔道大会(インターハイ) (PDF)”. eJudo. 株式会社eJudo. 2019年3月17日閲覧。
  2. ^ 元柔道世界王者の藤猪さん指導/東かがわで合宿 四国新聞社 2008年8月4日
  3. ^ a b “【市長活動報告】H30.8.3 ふるさと大使委嘱式・インドネシア柔道インターナショナルチーム 表敬訪問” (日本語) (HTML) (プレスリリース), 東かがわ市, (2019年8月3日), https://www.higashikagawa.jp/itwinfo/i9750/ 2019年3月17日閲覧。 
  4. ^ a b c 藤猪省太 天理大教授・全日本柔道連盟審判委員会副委員長インタビュー”. 柔道チャンネル. 東建コーポレーション. 2019年3月17日閲覧。
  5. ^ 「明柔 明大柔道部100年の軌跡」 (PDF)”. 明治大学体育会柔道部. 明治大学. p. 141. 2019年3月17日閲覧。
  6. ^ 藤猪 省太 (HTML)”. Researchmap (2005年12月15日). 2019年3月17日閲覧。
  7. ^ “【市長活動報告H28.4.24】藤猪省太先生を囲む会” (日本語) (HTML) (プレスリリース), 東かがわ市, (2016年4月24日), http://www.city.higashikagawa.kagawa.jp/itwinfo/i7855/ 2019年3月17日閲覧。 
  8. ^ 天理大柔道部で暴行、鼓膜破るけが 部長は把握後に全柔連理事に MSN産経ニュース 2013年9月4日
  9. ^ 4年生の暴力、鼓膜破れるけが=藤猪部長、把握して理事就任-天理大柔道部 時事通信 2013年9月4日
  10. ^ 体調不良訴えた1年生に平手打ち…天理大柔道部 読売新聞 2013年9月4日
  11. ^ 天理大柔道部長、暴行隠蔽を否定…会見で謝罪 読売新聞 2013年9月4日
  12. ^ 天理大柔道部暴行:藤猪部長「大学に対応預けていた」 毎日新聞 2013年9月4日
  13. ^ 藤猪理事の辞表受理=再調査と報告の要請も-全柔連 時事通信 2013年9月5日
  14. ^ 【柔道】天理大部内暴力で無期限活動停止!大野主将も解任 強化指定剥奪も スポーツ報知 2013年9月5日
  15. ^ 天理大暴行 全柔連、再調査を指示…報告不十分 読売新聞 2013年9月6日
  16. ^ 世界柔道金の大野元主将も暴行、1年生に平手打ち…部員12人処分 MSN産経ニュース 2013年9月11日
  17. ^ 大野元主将らは登録停止3カ月=天理大暴力問題で処分-全柔連 時事通信 2013年9月16日
  18. ^ 全柔連:天理大 「金」の前主将ら4年生9人に登録停止 毎日新聞 2013年9月18日

外部リンク編集