蠣崎 友広(かきざき ともひろ)は、江戸時代前期の武士蝦夷地松前藩家老。守広系蠣崎家2代。

 
蠣崎友広
時代 江戸時代前期
生誕 慶長3年(1598年
死没 明暦4年4月13日1658年5月15日
別名 主殿助
墓所 寿養寺墓所
主君 松前公広氏広高広
蝦夷松前藩
氏族 蠣崎氏
父母 蠣崎守広
兄弟 友広下国由季室、藤子、下国高季室、
蠣崎貞広
清、広隆広明
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略歴編集

初代・蠣崎守広の子として誕生。

寛永12年(1635年)に父が焼死したため、跡を継いだ。娘の清が松前藩3代藩主・松前氏広正室となると、友広は若年の氏広を補佐して藩政を担った。慶安元年(1649年)に氏広が没し、家督を高広が継ぐと、外祖父として藩政を仕切った。

明暦4年(1658年)4月13日に死去。享年61。跡を子・広隆が継いだ。 墓石は石廟型の墓石である。


系譜編集

参考文献編集