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襄公(じょうこう、紀元前575年 - 紀元前542年)は、の第23代君主。名は午。成公の子。

襄公
23公
王朝
在位期間 前572年 - 前542年
都城 曲阜
諡号 襄公
生年 紀元前575年
没年 紀元前542年
成公
定姒

生涯編集

魯の成公十八年(紀元前573年)、成公が死去すると、4歳の姫午が君主の位についた。これが魯の襄公である。襄公は季孫行父丞相として、魯国の安定をはかった。魯の襄公五年(紀元前568年)、大臣の季孫行父が死去したとき、行父は薄葬をもって葬儀を進めるよう遺言しており、襄公はこれに感動して行父を廉吏とたたえ、行父の諡号を「文」とした。

魯の襄公二十一年(紀元前552年)、襄公は自ら平公のもとに朝拝した。魯の襄公三十一年(紀元前542年)、襄公は死去し、太子の姫野が即位した。

家族編集