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地名の概要編集

福岡市中央区の町名の1つ。荒戸・荒津・港・伊崎と接する。光雲神社を含めた公園施設や、福岡教育大学附属福岡小学校福岡教育大学附属福岡中学校、立帰天満宮、福岡市中央市民プール、福岡船員厚生会館などがある。

町域の変遷編集

住居表示実施後 実施年月日 住居表示実施前(各町名ともにその一部)
西公園 1966年昭和41年) 谷町・北湊町・荒戸村・西港町・荒戸町・伊崎浦

公園の概要編集

県営西公園
 
西公園(1987年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
分類 風致公園
所在地
面積 17.0ha
前身 荒津山公園
開園 1881年
運営者 福岡県
設備・遊具 集会場、展望台、展望広場、
自然樹林、芝生広場など
駐車場 あり
事務所 大濠・西公園管理事務所
事務所所在地 福岡市中央区大濠公園1-2
公式サイト 西公園(大濠・西公園管理事務所)
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全体が丘陵地で展望広場からは博多湾が一望できる。園内は自生のマツシイカシが茂り、またサクラツツジが植栽された風致公園である。サクラは約3000本あり、日本さくら名所100選に選定される[1]

古くから荒津山ないし荒戸山と呼ばれていた。江戸時代になり、福岡藩によって東照宮が建立されたが、明治になって廃祀されしばらくは荒れるに任されていた。1873年明治6年)の太政官布告に基づいて1881年(明治14年)に公園地「荒津山公園」とされた。1885年(明治18年)には園地を広げてサクラやカエデを植栽。1900年(明治33年)に西公園と改めるとともに県の管理となった。

太平洋戦争前までは平野国臣加藤司書吉岡友愛の3体のブロンズ像があったものの福岡大空襲で破壊され、平野国臣像のみが戦後に再建された。

かつては海岸であった公園北側は、荒津地区として1970年昭和45年)に埋め立て竣工し、128基の貯油施設を有する石油中継基地として博多港の重要な役割の1つを担う。北側にはまた福岡都市高速が走っている。

 
展望広場からの眺め

公園内施設編集

 
平野国臣像
 
母里太兵衛像

周辺施設編集

交通編集

脚注編集

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  1. ^ 王貞治は、東京の桜の名所の近くで育ったため、花見のシーズンが近づくとそちらのものを思い出すことが多かったが、福岡での生活が長くなったため、大濠公園等の桜を思い出すことが増えている旨述べている(スポーツ・グラフィック ナンバー編 『日本野球25人 私のベストゲームISBN 9784167713263、2008年。)。

関連項目編集

外部リンク編集