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西寒川駅(にしさむかわえき)は、神奈川県高座郡寒川町一之宮にあった相模鉄道及び戦前の鉄道省、戦後の日本国有鉄道(国鉄)相模線寒川支線のである。1984年に寒川支線の廃止[1]に伴い廃止された[2]。当駅は、開業以来3回駅名を変更している。

西寒川駅
Nishisamukawa1.jpg
廃止一週間前の西寒川駅
にしさむかわ
Nishi-samukawa
寒川 (1.5km)
所在地 神奈川県高座郡寒川町一之宮
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 相模線
キロ程 1.5km(寒川起点)
電報略号 ニム
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1923年(大正12年)2月5日
廃止年月日 1984年(昭和59年)3月31日
備考 路線廃止に伴う廃駅
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西寒川駅跡

廃止時の駅構造編集

単式ホーム1面1線の地上駅であった。廃止当時は無人駅駅舎も持たなかった。

廃止直前の列車の発着編集

8時台に1往復、16時台から19時台にかけて3往復の計4往復のみであった。

当路線の廃止が報道されたことで一躍有名となり、当日は近県より多くの鉄道ファンで駅周辺が賑わった[3]

歴史編集

  • 1923年大正12年)
  • 1939年昭和14年)
    • 10月1日 - 昭和産業駅に改称。
  • 1940年(昭和15年)
    • 4月20日 - 旅客営業開始。
  • 1942年(昭和17年)
    • 10月30日 - 四之宮口駅に改称。
  • 1944年(昭和19年)
    • 6月1日 - 鉄道省による国有化により鉄道省相模線の駅となる。同時に西寒川駅に改称。当駅から四之宮駅間が廃止され終着駅となる。
  • 1946年(昭和21年)頃 - 旅客営業が行われなくなる。
  • 1954年(昭和29年)
    • 10月1日 - 旅客営業を正式に廃止[4]
  • 1960年(昭和35年)
  • 1965年(昭和40年)
    • 10月1日 - 営業範囲を「旅客及び同停車場接続専用線発着貨物」から「旅客及び同停車場接続専用線発着車扱貨物」へ改正[6]
  • 1970年(昭和45年)
    • 7月10日 - 貨物取扱を廃止し、営業範囲を「旅客」へ改正[7]
  • 1984年(昭和59年)

駅跡地編集

 
西寒川駅跡にある記念碑

寒川支線の跡地は、本線からの分岐点からのほぼ全てが「一之宮緑道」として整備されている。一部区間には線路も残され、車輪などが展示されている。また、一部のレールは西暦ではなく皇紀での刻印がなされている[8]

西寒川駅の跡は「八角広場」という小さな公園になっており、線路が一部残されている。当地には、当駅と相模海軍工廠跡の記念碑がある。

2002年に旧相模海軍工廠で製造されたと思われる化学兵器が発掘され、話題になった。

隣の駅編集

日本国有鉄道
相模支線
寒川駅 - 西寒川駅

アクセス編集

  • 寒川駅南口より神奈川中央交通バス<茅53>茅ケ崎駅行きで「八角広場前」下車。
  • 茅ケ崎駅(北口)より神奈川中央交通バス<茅53>寒川駅南口行きで「八角広場前」下車。

脚注編集

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  1. ^ 1984年(昭和59年)3月22日日本国有鉄道公示第215号「運輸営業の廃止」
  2. ^ a b 1984年(昭和59年)3月22日日本国有鉄道公示第216号「駅の廃止」
  3. ^ 『広報 さむかわ』第293号(昭和59年6月)
  4. ^ 1954年(昭和29年)9月29日日本国有鉄道公示第285号「相模線寒川・西寒川の旅客運輸営業廃止」
  5. ^ 1960年(昭和35年)11月12日日本国有鉄道公示第572号「相模線西寒川停車場において旅客の取扱を開始する件」
  6. ^ 1965年(昭和40年)9月29日日本国有鉄道公示第571号「停車場の営業範囲を改正」
  7. ^ 1970年(昭和45年)7月9日日本国有鉄道公示第276号「停車場の営業範囲の改正」
  8. ^ 一般社団法人 寒川町観光協会 思い出の西寒川支線・西寒川駅跡”. 2018年8月4日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集