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本来の表記は「西岡德馬」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

西岡 德馬(にしおか とくま、1946年10月5日[2] - )は、日本俳優タレント神奈川県[2]横浜市出身。身長175cm、体重65kg。本名は旧芸名と同じ西岡 德美(にしおか のりよし)[2]。芸名、本名共に「徳」の字は旧字体(德[3])が正式表記である。

にしおか とくま
西岡 德馬
本名 西岡 德美
生年月日 (1946-10-05) 1946年10月5日(72歳)
出生地 日本の旗 日本神奈川県横浜市
身長 175cm
血液型 A型
職業 俳優タレント
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1970年 -
配偶者 一般女性
宇津宮雅代1973年 - 1975年
著名な家族 西岡花穂梨西岡優妃[1]
主な作品
極道の妻たち』シリーズ
名探偵キャサリン』シリーズ
浅見光彦シリーズ
東京ラブストーリー
上品ドライバー
緑川警部シリーズ
過保護のカホコ

目次

来歴・人物編集

  • 2人兄弟の長男で、幼少期には子役として活躍していた[4]
  • 横浜市立大綱中学校出身。
  • 幼少時は喘息で体が弱く、体調が悪くなり演劇の仕事も一時活動休止した[4]。その後は中学に入り、器械体操部で体を鍛えることにより他の学生とケンカで負けなしだったが、本人から仕掛けることは一度もなかった。
  • 芸能界に入ったのは、父親に言われて学校(法政大学第二高等学校)を2年でやめさせられ[5]、「お前は芸能学校に入れ」と言われたのがきっかけとの本人談[4]。俳優になるきっかけを作ってくれた父に感謝していると語っている。幼少時は、そんな父に車で箱根にあちこち連れて行ってもらった。
  • その後、鎌倉学校法人聖ミカエル学院に入り、玉川大学文学部芸術学科演劇専攻卒業[2][4]。大学卒業後の1970年文学座に入団。杉村春子に「(芝居が)上手くないわね」と言われながら育った[5]。10年在籍したが他の劇団の芝居もしてみたいという欲求から[4]1979年文学座を退団[4][5]。芸名はそれまで本名の西岡徳美を使っていたが[5]、女性に間違われたり、"とくみ"と呼ばれることが多かったため[5]、退団を機に西岡"徳"馬にした[5]。しかし僧侶から「"徳"という字は『人は一心ことを為すのに十四年』という作りですから、一本、横棒を入れた方がいい」と言われて、もともと戸籍でも"德"を使っているため、西岡"德"馬にした[5]。その後はテレビ・映画でも活躍。『極道の妻たち』シリーズやヤクザ映画などでヤクザの幹部を多く演じたことから、コワモテ役の印象を与えている。
  • NHK大河ドラマ武田信玄』と『風林火山』で役柄は異なるものの、同じ上杉家家臣役を演じている。
  • 1991年、ドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)で部長役を演じたが、原作では赤名リカ(鈴木保奈美)と不倫関係だった上司の役で「赤名リカと関係を持ちそうな部長、というイメージから西岡さんを選んだ」ということでキャスティングされたという[4][5]。しかし同ドラマは、どんどん視聴率が上がり、小学生まで観るようになったため、ヒロインが会社の部長と不倫して子供も作るのではなく、誰の子供かは明かさないというキャスティング当初とは違ったエンディングに変更された[5]。西岡の抜擢ばってきは、つかこうへいが西岡のために書いた[4]西岡が坂本龍馬を演じた戯曲幕末純情伝』の初演(1989年)と再演(1990年)を『東京ラブストーリー』のプロデューサー・大多亮が観たためで[4][5]、大多から「このドラマに出たら、もう電車には乗れませんから」と自信たっぷりに言われ「オーバーなこと言いやがって」と思ったが、その通りになったと話している[5]
  • 1997年にはVシネマ『内閣特務捜査官 ORDER』で製作総指揮・企画・主演の一人三役を務める。続編では監督もこなした。
  • 宇津宮雅代と結婚していたことがあり、さまざまな有名女優と浮名を流したことでも知られる。元俳優の西岡竜一朗は甥に当たる(現在、セレクテッドカスタムモーターサイクル代表)。
  • 2人の娘から王子様と呼ばれていたこともある。
  • 娘の西岡優妃も女優として活躍している。
  • トロに目がなく、寿司屋で最初から最後までトロばかり注文していたのを関根勤に目撃され、ラジオ番組でネタにされた(→トロリスト)。ネタにされたことは本人も嫌がっておらず、コサキンにボイスメッセージを寄せた時の自己紹介を「西岡トロ馬です」と言っていた。
  • また、トマトが大嫌いであり、50年間食べていなかったが、『ほこ×たて』の企画で50年ぶりに食した。
  • ウルトラマンメビウス』以降、ウルトラの父の声優を務めている(『ウルトラマンギンガ』を除く)。
  • 2012年秋に自身が主宰の俳優養成所「ドラマスクールレッドホースヒルズを開校。校長として、若手パフォーマーの育成に力を入れている。
  • 近年はバラエティ番組にも出演が多い。特にエピソードとして『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)で毎年年末に放送される「笑ってはいけない」シリーズでテツandトモと組み「テツand德馬andトモ」で笑わせ、吉本新喜劇ですっちーとコンビを組み吉田裕との持ちネタ「乳首ドリル」のネタをすっちーと組んで西岡自身、上半身裸になって乳首ドリルで体当たりする芸で笑わせ話題となった。
  • かつてはグランパパプロダクションに所属していた[2]
  • 現在の所属事務所はアンシャンテ

出演編集

連続ドラマ編集

他、多数

単発ドラマ編集

スペシャルドラマ
火曜サスペンス劇場
  • かまきり(1984年、生田スタジオ)
  • 見知らぬ夫(1986年、国際放映)
  • 妹の愛した男(1988年)
  • 完全犯罪研究室(1990年4月、にっかつ撮影所
  • 森村誠一作品(日本映像)
    • 森村誠一の途中下車(1990年5月、日本映像)
    • 森村誠一の結婚株式会社(1990年11月6日放送、日本映像)
  • 殺意の団欒(1990年10月、メリエス)
  • 取調室2(1995年)
  • 犯罪心理分析官(1998年) - 馬場警部補 役
  • 父と娘の真実(2002年12月) - 加納洋介 役
  • 軽井沢ミステリー4(2003年) - 古沢耕造 役
女と愛とミステリー水曜ミステリー9
月曜ミステリー劇場月曜ゴールデン月曜名作劇場
金曜ドラマシアター金曜エンタティメント金曜プレステージ
土曜ワイド劇場
新春ワイド時代劇 (テレビ東京)
他、多数。

舞台編集

他、多数。

映画編集

劇場アニメ編集

吹き替え編集

バラエティー・教養番組編集

NHK
TBS
テレビ東京系
フジテレビ
BS朝日
  • Stylish Golf in SEAGAIA(2013年10月5日 - 2014年9月27日) - 番組オーナー
日本テレビ
テレビ朝日

CM編集

  • ANA エコ割・サンタモニカ編(2006年)

ゲーム編集

脚注編集

  1. ^ 徹子の部屋”. 2013年1月26日閲覧。 2010年3月17日出演
  2. ^ a b c d e 日本タレント名鑑'82』VIPタイムズ社、1981年、153頁。全国書誌番号:83045303
  3. ^ ❲U+5FB7❳【JISX0213】1面84区37点。人名用漢字に収録されている。
  4. ^ a b c d e f g h i 西岡徳馬さん(1/3) - インタビュー - ひと - [どらく]” (2012年7月25日). 2012年7月27日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年7月25日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k 濱口英樹「ガツンとひと言。兄貴の説教 西岡德馬 『今、この瞬間を精一杯生きろ!』」『昭和40年男』2014年10月号 vol.27、クレタパブリッシング、 138 - 141頁。
  6. ^ 有村架純主演ドラマ『海に降る』キャスト追加発表”. ORICON (2015年7月21日). 2015年7月21日閲覧。
  7. ^ 「相対的浮世絵」”. 株式会社キューブ. 2018年2月19日閲覧。
  8. ^ “「スルース~探偵~」新納慎也&音尾琢真、Wキャストで西岡徳馬に対峙”. ステージナタリー. (2016年10月4日). http://natalie.mu/stage/news/204145 2016年10月4日閲覧。 
  9. ^ “劇場公開作品|オールイン エンタテインメント”. オールイン エンタテインメント. オリジナルの2017年5月13日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170513132642/http://all-in-ent.com/theater/ 2017年5月9日閲覧。 
  10. ^ “岡田准一主演「関ヶ原」に東出昌大、滝藤賢一、和田正人、吉村界人ら25名出演”. 映画ナタリー. (2017年1月18日). http://natalie.mu/eiga/news/217242 2017年1月18日閲覧。 
  11. ^ “映画「娼年」に真飛聖・冨手麻妙・西岡徳馬・江波杏子、全キャスト発表”. ステージナタリー (ナターシャ). (2017年12月19日). https://natalie.mu/stage/news/261682 2018年3月18日閲覧。 
  12. ^ 本来の司会(教授)である仲谷昇が病気療養中であったために、「仲谷の助手」として番組の進行を担当した。

外部リンク編集