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西祖谷山村(にしいややまそん)は、徳島県の北西部、吉野川の中流域東岸に位置していた2006年3月1日三好郡内の5町村と合併し、三好市となった。

にしいややまむら
西祖谷山村
廃止日 2006年3月1日
廃止理由 新設合併
三野町池田町山城町井川町
東祖谷山村西祖谷山村三好市
現在の自治体 三好市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 徳島県
三好郡
団体コード 36488-6
面積 106.06km2
総人口 1,605
(2005年10月1日 国勢調査)
隣接自治体 (北部)三好郡三加茂町井川町池田町
(西部)三好郡山城町
(東部)三好郡東祖谷山村
(南部)長岡郡大豊町
西祖谷山村役場
所在地 778-0195
徳島県三好郡西祖谷山村字一宇343番地の2
外部リンク 三好西部合併協議会
西祖谷山村ホームページ
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平家の落人伝説やかずら橋で知られる。かつては道路事情が悪く、「秘境」と呼ばれていた。現在は秘境ではないが、秘境イメージを観光に有効利用している。

地理編集

高知県と接する山間過疎地域。

隣接している自治体編集

歴史編集

沿革編集

  • 江戸時代には、地名の後に、地勢と職を表す字を加えて、自治単位の名称としていた。当時は、地名の「祖谷」に、山深い地勢と農民が多いことを理由に「山」を加えて祖谷山(いややま)と呼ばれていた。
  • 明治時代に入り、「祖谷山」を地名と解釈し、祖谷山村(いややまそん)となった。
  • 1889年明治22年)、美馬郡祖谷山村が分離して美馬郡東祖谷山村、美馬郡西祖谷山村が誕生。 
  • 1950年昭和25年)、美馬郡の東祖谷山村と西祖谷山村が三好郡に編入。
  • 2006年平成18年)、三好郡三野町・池田町・山城町・井川町・東祖谷山村と合併(新設合併)し、三好市が誕生。地名の読みが「にしいややまそん」から「にしいややまむら」に変更

行政編集

  • 中岡幸敬

人口構成編集

高齢化率が高く、将来の大幅人口減が予測されている。根本的な対策が早急に望まれる。

経済編集

産業編集

地域編集

交通編集

鉄道路線編集

道路編集

都道府県道
主要地方道
徳島県道32号山城東祖谷山線徳島県道45号西祖谷山山城線
一般県道
徳島県道149号腕山宮石線
徳島県道163号大歩危停車場線
徳島県道265号腕山花ノ内線
徳島県道270号一宇祖谷口停車場線
  • 路線バス
    • 阿波池田駅 - 西祖谷山村かずら橋: 四国交通
    • 阿波池田駅 - 東祖谷久保: 四国交通
    • 大歩危駅 - 西祖谷山村落窪: 西祖谷山村営バス
    • 大歩危駅 - 西祖谷山村閑定: 西祖谷山村営バス
    • 西祖谷山村一宇 - 西祖谷山村片岡畝: 西祖谷山村営バス
    • 池田町出合 - 西祖谷山村小祖谷: 西祖谷山村営バス

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
大歩危を行く遊覧船
 
祖谷のかずら橋
 
小便小僧(谷底まで約200m)

祭事・催事編集

  • 5月
    • 西祖谷あめご釣り大会
  • 8月
  • 11月
    • 秘境祖谷のもみじ祭り

有名人編集

西祖谷山村関係有名人編集

  • 小笠原長清(武将。阿波小笠原氏の初代。一族で吉野川流域各地を支配した)
  • 三好長慶戦国時代武将。室町幕府を支配した。三好氏の起源は小笠原氏とする説が有名だが、史料が乏しく真偽は不明)
  • 大西元武(武将。山城町から池田町西部にかけての大西郷を拠点に田井荘を支配した。長宗我部氏に阿波国を追われてからは川之江・轟城を再建して居城とした。大西氏の起源は諸説ある)
  • 中道善博(元・競艇選手

その他編集

西祖谷山村を舞台にした作品編集

映画編集

編集

 
祖谷の粉ひき節の石碑(「蜘蛛のゆ」とはクモの糸のこと)
  • 北島三郎「青い旅人 〜吉野川〜」「四国三郎 〜旅行く川〜」 - 吉野川と三好郡などがテーマの演歌
  • 松原のぶえ「祖谷の恋唄」 - 祖谷地方がテーマの演歌
  • 民謡)「祖谷の粉挽き唄」 - 祖谷地方に伝わる民謡

関連項目編集

外部リンク編集