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角換わり(かくがわり、: Bishop Exchange[1])は、将棋の代表的な戦法の一つ。序盤でを交換した後に駒組みを進める指し方であり、互いに角を打ち込まれないよう気を配る相居飛車の戦法。腰掛け銀棒銀早繰り銀など様々な仕掛けがある。プロ間においては腰掛け銀の採用率が高いが、近年ではソフトによる研究の進展により駒組みや仕掛けの主流に著しい変化が見られている。

戦法の概要 編集

一般的には先手番が先攻し後手がカウンターを狙う。そのため先手が攻めるタイミングを外せば膠着状態に陥り千日手に至ることもあるが、厳密には先手であること自体が僅かながら有利であるとされるため、後手は千日手に持ち込めば成功とみなされる。したがって「カウンター狙いの後手に対して先手が攻め切れるのか」が長年研究され続けている角換わりのテーマである。先手の勝率が比較的高い戦法の一つであり、この戦法を得意とする代表的なプロ棋士として、谷川浩司丸山忠久などが挙げられる。

角換わりにおいては5筋の歩を突くと△3九角(後手なら▲7一角)から馬を作られるなど、自陣に隙が生じやすい。そのため「角換わりには5筋を突くな」という格言がある。

出だしの手順 編集

▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成▲同銀△4二銀と進む(昭和60年代までは5手目が▲2五歩だった)。途中、後手が角交換をして手損をしたように見えるが、先手が角を7七に動かした一手を無駄にしているので、双方手損はない。

先手の8八銀に対する後手の10手目で、△4二銀と変化することはできる。その場合、先手から▲2二角成と角交換をする。△同金の一手に、▲7七銀と進み、いずれ後手は壁金を解消する△3二金を指さなければならず、上述の手順と同型になる。

ここから角換わり棒銀角換わり腰掛け銀角換わり早繰り銀などの戦法へと移行する。近年ではソフトによる序盤戦術の革新により、右の桂馬を早い段階で▲4五桂と跳ねる角換わり▲4五桂急戦という指し方も見られるようになっている。

戦法の歴史 編集

角換わりの中でも、半世紀以上の研究が続けられているのが、先後同型の角換わり腰掛け銀である。この戦法の研究を軸として、角換わり棒銀などを含めた他の戦法の歴史も推移していった。

したがって以下、角換わり腰掛け銀の歴史を中心に述べる。

木村定跡 編集

プロの角換わりは指し手が限定されるため、両者が慎重に駒組みを進めていく。その結果、40手目△2二玉までに駒組みが限界にまで達して手詰まりになる。ここで先手が攻めなければ千日手(すなわち先後交替で指し直し)なので、41手目に先手が攻撃開始を余儀なくされる。この攻めが成立するかが角換わり戦法の焦点となった。昭和30年代、この形に結論を出したのが木村義雄であった。現在では41手目から▲4五歩以下の先手の攻めは、後手の投了近くまで研究がなされている。この41手目からの一連の指し手は木村定跡と称される。

第1図 角換わり相腰掛け銀の先後同形
△持駒 角
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第2図 待機策
△持駒 角
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木村定跡で先手が優勢以上になるため、絶対に後手はこの形にできない。そのため39手目の▲8八玉の後、後手から攻め込まざるを得えない。40手目に△6五歩とすると、木村定跡の応用で後手が指せることが分かった。つまりこの定跡は、先手▲8八玉の悪手に後手が△2二玉の大悪手で返す形が前提だった。よって双方が矢倉囲いの中に玉を動かす前である39手目(第1図)に先手が攻め込んだらどうなるかが課題となった。1960年代当時はまだ精緻な研究が成されていなかったものの、若干先手が指せるという見解が強かった。そのため、後手はひたすら千日手を狙う専守防衛の構えをとった。様々な待機策が検討された結果、38手目で△4二金(第2図)とするのが最も千日手になりやすいことが分かった。以下▲8八玉△2二玉▲4八飛△6五歩が手順の一例。この後手陣の撃破が困難であり、第1図の局面は採用されなくなった。

どうしても先手が攻めて後手が受けに回るという展開がはっきりしていることもあり、先手の作戦に対してすべて対応する必要があるが、過去にある重要手順や定跡は一通り後手の受けが確立し研究も進んでおり、新たな手順がなければ先手をもって確実には攻めきれないことも分かっている。このため数十年以上長きにわたり指されているということで、それだけ難しい将棋であるとされている。藤井猛は「この将棋は何か1手新手が発見されるとがらりと評価が変わるため、後手も5割勝てると思わなければこの局面を避ける、棋士全員でこの局面を指せば先手の勝率は6割はいく、素人同士で指せば間違いなく先に攻めた方が有利となる」としている。

飛車先保留 編集

角換わりの歴史に大きな影響を与えた新手が、昭和60年代に発見された5手目の▲7八金であった。歩を突かないことで、▲2五桂と跳ねる余地を作ったのである。後手が右桂をはねてきたら、▲2五歩 △3三銀で第1図の局面に合流する。この手の発見によって、専守防衛を狙った陣形でも先手から打開することが可能になったため、よりカウンターの攻撃力が高い局面の戦型に回帰することになった。

一方的に攻められる上に主導権も握れない後手は、角換わりを採用する魅力を感じなくなった(佐藤康光のように、極力後手番でも角換わりを受けて立ち、なおかつカウンター狙いでなく攻撃姿勢をとっていた棋士もいるが、プロのなかでは少数派である)。後述する丸山新手が一時期先手必勝だと思われていたこと、さらに1990年代末に出現した横歩取り8五飛戦法が高い後手勝率を誇ったため、後手がわざわざ角換わりを受けて立つ必要もなく、角換わりの採用率は低下していた。この飛車先の歩突き保留は、後の一手損角換わりにも通じる発想であった。

丸山新手 編集

第3図 角換わり相腰掛け銀の先手の仕掛け
△持駒 角歩四
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1992年度第34期王位戦予選▲丸山忠久 対 △米長邦雄で初めて指された。第1図から▲4五歩△同歩▲3五歩△4四銀▲1五歩△同歩▲2四歩△同歩▲7五歩△同歩と歩を突き捨てる。▲3五歩に△同歩と取ってしまうと後手にとって思わしくない展開になるため△4四銀とかわすのが定跡。この結果第3図となる。以下▲2四飛△2三歩▲2九飛と進む。歩の突く順番は違えど、後述する富岡流(ヨニイナサン定跡)と同じ局面となる。後手は桂頭を受けるために△6三金は必然。ここで▲1二歩△同香▲1一角と打ち込むのが丸山新手である。△2二角には▲同角成△同玉で戦場に近付いてしまう。米長は△3五銀とかわしたものの結局丸山が快勝し、一気に研究が進んだ。その結果、▲1一角には△2二角しかない、それでも先手必勝だと考えられ、角換わりの先後同形は姿を消した。

それに待ったをかけたのが佐藤康光で、2001年度第27期棋王戦第4局▲羽生善治 対 △佐藤康光で▲1一角に△3五銀▲4五銀の交換を入れてから△2二角と打つ新手を披露した。対局は敗れたものの、結果は充分で羽生は2002年度第43回王位戦で後手を持って佐藤新手を用い勝利したことで、研究がさらに進み、丸山新手に対する決定打になったため、再び先後同形が復活した。

堀口新手 編集

丸山新手が佐藤新手に駆逐され、先後同形は新たな時代に突入した。2003年第44回王位戦予選▲堀口弘治 対 △森下卓において指された。第3図以降、▲2四飛△2三歩と受けた局面で▲2六飛と浮き飛車に構えるのが堀口新手である。従来の▲2九飛に対する△3八角を嫌った手であるが、矢倉型と浮き飛車は相性が悪いとされているが、この対局で堀口が快勝。▲2六飛に△3五銀には▲2八飛と引いておいて、▲7四歩や▲4五桂を見せて先手が指せるとされ、▲2六飛車型が大流行した。

しかし、2009年度B級1組順位戦▲松尾歩渡辺明において、松尾の▲2六飛に対し、渡辺は△3五銀▲2八飛△3六銀▲2五桂△6三銀と銀で桂頭を受ける新手を指した。この対局で渡辺が快勝、研究が深まり▲2六飛型が駆逐された。

一手損角換わり 編集

2000年代に入ると、後手番一手損角換わり戦法が出現した。既出の図において、もしも△8五歩が△8四歩であれば結論が変わりうる。先手飛車先保留と同様で、後手に△8五桂と跳ねる手が生じ、カウンターの破壊力がさらに増すからである。しかし将棋には一手パスというルールが存在しないため、30手ほど先の手詰まりを見越して、序盤に後手が無理矢理角交換を行う。単に「一手損」とも呼ばれる。

つまり「『一手損』戦法」と称するが、主旨としては「『一手パス』戦法」である。この状態で駒組みの飽和状態(38手目)に達すれば、39手目からの先手の攻撃に対して△8五桂からのカウンターが決まる可能性が高い。従って、先手は攻撃をせかされる形になる。不十分な形で攻め込むため、「一手パス」をした後手のカウンターが決まる場合もあるが、単に駒組みで「一手損」したことで、そのまま潰される可能性もある。

角換わり一手損戦法の流行には、他の戦法との関連も考慮に入れなければならない。まず横歩取りブームの沈静化である。8五飛戦法による後手勝率も下がり、横歩取りの魅力が低下している中、未だ定跡の開拓されていないこの戦法に注目が集まった。実はこの戦法も後手勝率は低いのだが、研究を外して力戦に持ち込めるというメリットも、力将棋に自信のあるプロが採用する要因であろう。

一手損角換わりは後手の勝率が盛り返し、2008年度の後手勝率5割超えに貢献した。タイトル戦にも頻繁に現れ、いまや相居飛車の主要戦法の一つになりつつある。2013年時点では一手損角換わりの勝率は4割前半程度と言われており、一部のスペシャリストが採用する戦法とされている[2]

角換わり富岡流 編集

富岡英作によって考案され、2009年第3回朝日杯将棋オープン戦1次予選▲富岡英作 対 △金井恒太で初めて指された。第1図の先後同形では先手が指せるとは言われていたものの、結論は出ていなかった。富岡流は第1図以降、4→2→1→7筋の順に歩を突き捨て、最後に3筋の歩を突くヨニイナサンという指し方である(▲2四歩に△同銀ならば、▲7五歩△同歩▲4五桂で先手が十分)。

第4図 角換わり富岡流
△持駒 飛歩四
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第5図 富岡流指了図
△持駒 飛角金銀桂歩六
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3筋の歩突きに対して△同歩と取ってしまうと▲4五桂から崩壊してしまうため、△4四銀と指すのが定跡(第3図)。その後、▲2四飛△2三歩▲2九飛と飛車先の歩を交換する。後手は桂頭を受けなければならないため△6三金と受ける。以下▲1二歩△同香▲3四歩△3八角▲3九飛△2七角成▲1一角(丸山新手の応用)△2八馬▲2二歩と進む。ここで▲4九飛△3八馬▲6九飛と指せば通常のヨニイナサン定跡となるが、飛車を見捨てて▲4四角成△3九馬▲2二歩と進むのが富岡流である(第4図)。ここまでは数局実践譜があり、▲2二歩に替えて▲3三銀と打ち攻めかかる手順は後手勝ちであると結論が出ている。

▲2二歩に△同金と取ると、▲3三銀△同桂▲同歩成△4九馬▲2二と△4一玉▲7四桂△同金▲5三馬△5八馬▲7二歩△同飛▲6二金△4二金▲4五桂△5三金▲同桂成△6二飛▲同成桂で後手玉に必至がかかる(第5図)。危機を察知した金井は△4二玉と早逃げしたものの、▲2一歩成△4三金▲3三歩成△同金▲3四桂△5二玉▲3三馬△6二玉▲4二桂成と進んだ。やや縺れはしたものの富岡が勝ち、この対局を境に一気に研究が進んだ。

先手玉も不安定な位置におり油断はできないが、的確に指せれば先手が勝勢であろうと考えられていた。しばらくは後手で抗った者もいたが、第1図の局面は先手良しで間違いないと結論付けられ、2010年代に先後同型は姿を消した。そのため、後手は9筋の歩を保留したまま△6五歩として攻め込む手や、後述の△5二金に替えて△6二金から△8一飛車に構える手などが指されている。

2011年のA級順位戦1回戦、千日手指し直し局の▲渡辺明 対 △郷田真隆戦では郷田が上記の定跡手順をそのままなぞって投了するという珍事が起きた。郷田は局後に「定跡とは知らなかった」と語った。

新型同型 編集

第6図 第65回NHK杯決勝
△千田 持駒 角
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2010年代後半頃から急速に発展したコンピュータ将棋ソフトの進歩に伴ってプロ・アマを問わず将棋の指し方に著しい変化が見られるようになった。角換わりの戦型もこの流れの例に漏れず、角換わり腰掛け銀の戦型となった2016年3月20日放送の第65回NHK杯テレビ将棋トーナメントの決勝の▲村山慈明 - △千田翔太[3]にて、後手の千田が採用した△6二金・△8一飛型の駒組みが注目を集めた。図の後手の構えが角換わり腰掛け銀の新型。この指し方は自陣の飛車の横利きと右金の位置のバランスが良くより角の打ち込みに強いとされ、この頃から度々ソフト同士の対局などにおいて出現していた形だったが、形自体は過去にも前例があった。古くは木村義雄十四世名人が指した実戦例もあり、古くて新しい形である。先手の飛車は2八のまま、▲5八金と上がった形は構えが旧型とされていく。後手はバランスの良さが特徴で、角の打ち込みを消している。ただし玉が薄いのが弱点である。一方の先手は飛車の横利きもあって玉が堅い。[要出典]

この一局を境に角換わり腰掛け銀の後手番ではこの△6二金・△8一飛型が主流となり、やがては先手番も同じく▲4八金・▲2九飛型に組むという、新型の先後同型がこれまでの▲5八金・▲2八飛型に変わって主流の座に位置するようになった。千田はこの駒組みの先駆者として、第44回将棋大賞の升田幸三賞を受賞した。

脚注 編集

  1. ^ Kawasaki, Tomohide (2013). HIDETCHI Japanese-English SHOGI Dictionary. Nekomado. p. 21. ISBN 9784905225089 
  2. ^ 糸谷哲郎『現代将棋の思想 ~一手損角換わり編~』マイナビ、2013年1月、ISBN 978-4839945732、p28
  3. ^ NHK杯テレビ将棋トーナメント棋譜 2016年03月20日 第65回NHK杯決勝”. NHK将棋. NHK. 2022年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月9日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集