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角田 桂嶽(かくた けいがく、1890年 - 1944年6月3日)は、日本の牧師神学者。日本基督荒町教会(現:日本キリスト改革派仙台教会)牧師。

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生涯編集

プリンストン神学校に留学時代にジョン・グレッサム・メイチェンの薫陶を受ける。更に、ハーバード大学に留学して帰国して、日本基督教会仙台荒町教会(南鍛冶町教会)の牧師になる。

また、牧会をしながら、東北学院で教鞭を採っていたが、リベラルの教師により追放された。角田の免職に反対する学生の間でストライキが起こった。また、角田と親しかった山川丙三郎は角田を支えるためのカンパに協力した。[1]

1944年仙台市の北四番町教会の小林亀太郎牧師が死去すると、アメリカ・ドイツ改革派教会によって設立された3つの教会が合同し、仙台北四番丁教会を設立する。角田が初代牧師に就任するが、直後に急死する。角田の死後渡辺公平が後任の伝道師に就任する。[2]

評価編集

 
『基督教とは何ぞや』1933年

日本の教界にメイチェンを紹介して、1930年代からの改革派神学運動に影響を与えた、日本の保守的なカルヴァン主義の先駆者であったと言われている[4]

  • 仙台改革派教会の渡辺公平牧師は、1951年に出版された戦前の翻訳原稿『現代における基督教信仰』(メイチェン)の後記で、戦後の日本キリスト改革派教会を中心とした改革派運動に参加することなく死去したことを惜しんでいる。

脚注編集

  1. ^ 『知られざるいのちの思想家:新井奥邃を読みとく』新井奥邃先生記念会
  2. ^ 吉岡繁『日本キリスト教歴史大事典』795頁
  3. ^ 『岡田稔著作集』「私の神学的自叙伝」いのちのことば社
  4. ^ 『日本基督改革派教会史-途上にある教会』日本基督改革派教会歴史資料編纂委員会

訳書編集

参考文献編集

  • 吉岡繁「仙台教会」『日本キリスト教歴史大事典』教文館、1988年