解析接続
解析学において、解析接続 (かいせきせつぞく、英: analytic continuation, analytic prolongation) とはリーマン球面 C 上の領域で定義された有理型関数に対して定義域の拡張を行う手法の一つ、あるいは、その拡張によって得られた関数のことである[1][2][3]。
定義編集
ここでは、有理型関数に限って解析接続を定義する。正則関数に限って定義することもある。有理型関数は、分母分子双方が正則の分数で表され、正則関数を包含する。正則関数に限定する場合はローラン級数の代わりに、 テイラー級数を用いる。
関数要素編集
リーマン球面 C の領域 D において定義された有理型関数 f(z) は任意の w ∈ D においてローラン展開が可能であり k を整数として
という級数と同一視できる。
- z ∈ D が fw(z) の収束円内にあるとき f(z) = fw(z) である。
fw(z) を w を中心とする f(z) の関数要素 (function element) という。 w = ∞ (無限遠点)の時は y = 1/z として、変数を y に取り替えて級数展開を行うものとする。
領域 D において定義された有理型関数 f(z), g(z) があり、ある一点 w ∈ D において f(z) と g(z) の関数要素が一致するとき、一致の定理により領域 D 全体でこの2つの関数は一致する。
- この事実によって、解析接続がうまく定義される。関数要素という言葉はワイエルシュトラスによるもので、元々は、収束冪級数と収束円の組として定義されている。関数要素とは収束冪級数だけでなく、それが定義されている領域との組み合わせで意味を持つ。この領域の張り合わせによって、解析接続というものが実現できるのである。
解析接続編集
fm(z) は、複素平面の領域 Dm を定義域とする有理型関数とする。
D1 ∩ D2 が空でないとし、その連結成分の一つ P1 を取る。 f1 と f2 の w ∈ P1 での関数要素が等しいとき、 連結成分 P1 全体で f1(z) ≡ f2(z) となる。このとき f2(z) を f1(z) の 直接解析接続 (direct analytic continuation) あるいは単に 直接接続 (direct continuation) という。
- D1 ∩ D2 は単連結とは限らず、複数の連結成分よりなっていることもあり、直接接続は連結成分 P1 の選び方に依存する。
有理型関数 f1(z) に対し、 f1(z) の直接接続 f2(z) を取り、 f2(z) の直接接続 f3(z) を取り、 … と順に直接接続を取ってできる有理型関数の列
- f1(z), f2(z), f3(z), …
のことを解析接続 (analytic continuation) といい、その集合
- {fn(z)|n∈N}
を 解析関数 (analytic function) という。一般に直接接続の選び方によってできあがる解析接続は異なる。
例編集
- ※ 以下の説明においてi は虚数単位とする。
は、収束半径 1すなわち|z| < 1 の範囲で
に収束する。
この g(z) は z≠1 において定義され、 f0(z) より定義域が広い。
f0は、g(z)を介して接続先関数を得ることにより拡張できる。
- ※ 以下では見通しをよくするために g(z) と級数を比べながら説明するが、一般的には g(z) のように定義域の広い関数は未知である。
ここで、 g(z) を f0(z) の収束円内の点 z = − 1/2 を中心にテイラー展開してみれば
であり、その収束半径は (3/2) であるので |z +(1/2) | < (3/2) において定義できる。つまり、 この範囲ではf(z) の代わりに f−(1/2)(z) を使ってよい。同様に z = − 1, − 2, … でのテイラー展開を考えることでさらに延長できる。この操作により実部 Re(z) が 1 より小さい任意の z について適当な無限級数が与えられる。(後述との関係が不明?)
参照点を z = (1 + i)/2 とすると、対応する g(z) のテイラー展開は
であり収束半径は 1/√2 である。 ここで O(a,r) が a を中心とする半径 r の開円板を表すとき、 f0 の定義域は O(0,1) 、 f(1+i)/2 の定義域は O((1+i)/2,1/√2) で、これの共通部分で両関数同値すなわち f0(z) = f(1+i)/2(z) | O(0,1)∩O((1+i)/2,1/√2) である。
したがって
という関数を定義できる。この h(z) は、元の定義域では f0(z) を取り、それ以外では、局所定義される関数 f(1+i)/2(z)を取る。これは |z| = 1 の境界を越えた範囲へ f0 を延長した新たな関数ともいえるが、正則関数の拡張は一通りしか存在しないことが証明されていることから、「f0の拡張」とみなされる。このように、級数で表現される関数を、定義域が異なる同値関数を介して接続先を得て元の関数を拡張する手法、あるいは、上述の h(z) のように接続によって得られる関数のことを解析接続という。
曲線に沿った解析接続編集
リーマン球面 C 上の点 a, b を結ぶ曲線、すなわち
- φ : [0,1] → C
- φ(0) = a, φ(1) = b
という連続関数を考え、この曲線上の全ての点に関数要素を与える。与え方は無数にあるが、任意の t0 ∈ [0,1] および、ある正の実数 ε > 0 に対して |t − t0| ≤ ε を満たす t ∈ [0,1] における関数要素が t0 を中心とする関数要素の直接接続となるように各点に関数要素を与える。
- 要は十分近い点で定義されている関数要素同士は、互いに直接接続となるように定めるということである。
このような関数要素の族を与えることが可能なとき、a を中心とする関数要素はこの曲線に沿って解析接続可能 (analytically continuable) であるという。曲線を定めると、その曲線に沿った解析接続は一意に決まる。
- 要は、与えられた曲線上に中心を持つ関数要素を次々と取っていくことで曲線に沿った解析接続ができる。
a を中心とする関数要素 fa(z) が与えられたとき、 a を始点とするあらゆる連続曲線を考え、それらの曲線に沿った解析接続を行って得られる関数をワイエルシュトラスの解析関数という。
2つの曲線 φ0(t) と φ1(t) がホモトープであり、そのホモトピーが
- H(s,t): [0,1] × [0,1] → C
- H(0,t) = φ0(t) ,H(1,t) = φ1(t)
を満たすとする。任意の (s,t) ∈ [0,1] × [0,1] に対し、 関数要素 F(s,t)(z) が定められ、この関数要素の集合は、ホモトピーで s を任意に固定して得られる曲線
- φs(t) = H(s,t)
に沿った解析接続になっているとする。適当な H(0,0) の近傍で F(0,0)(z) = F(s,0)(z) (s ∈ [0,1]) であるならば、H(0,1) の適当な近傍を取ると F(0,1) = F(1,1) となり終点で値が一致する。
このようなホモトピーと関数要素の集合が取れない場合は、ワイエルシュトラスの解析関数は一般に多価関数となる。つまり、「関数の定義域」S に穴(特異点)があるとき一般には経路の連続変形の際にそこを無視できず、ホモトープでない曲線同士では、解析接続をしていっても同じ関数要素に辿り着くとは限らない。たとえば自然対数を
で定義するとき、z = 0 の部分は特異点となりこのような関数要素はとることができない。この積分は 1 から t へ到る曲線を与えることによってその値が定まる。 z = 0 を通らない z = 1 を始点とする曲線をいろいろ考えることによって得られる解析関数は多価関数となり、対数関数は複素数の範囲では多価関数になるという事実に対応している。
自然な境界(自然境界)編集
べき級数が収束半径 r を持ち、この円板内で解析函数 f を定義すると仮定する。いま収束円の上の点(円周上の点)を考えて、その点のある近傍に於いて f を解析接続できる場合はその点を正則 (regular)、そうでない場合には特異と呼ぶ。円のすべての点が特異であればその円(円周)は自然な境界である。
より一般には、f が解析的である任意の連結な開領域に対して定義を拡張し領域の境界上の点を正則と特異に分類する。領域の境界の点がすべて特異であればそれは自然な境界であり、そのような領域は正則領域である。