メインメニューを開く

諒闇(りょうあん)とは、天皇が、その父母の崩御にあたりに服する期間。ろうあんとも読む。また、諒陰亮陰と書いて「りょういん」とも読ませる。大喪の期間は1年間だが、後に仁明天皇により喪服を着る期間を13日間として、1年間は心喪に服せばよいとされた。

解説編集

天皇・太皇太后皇太后の崩御にあたり喪に服する期間。諒闇服と呼ばれる喪服を着用する。現在、天皇が服喪期間内に公務で外出する必要があるときは、官報の皇室事項欄に除喪の旨が公表される。

儒教では『礼記』におけるの3年、の死の三年の服喪の期間を言う。現在の日本天皇即位の礼が先代天皇の数え年で崩御後3年目に行われるのも、この「諒闇」の観念によっている(ただし第125代天皇上皇明仁の即位の礼は昭和天皇崩御の翌年に行われた)。「論語」憲問篇によれば、の頃は君主が亡くなると新しい君主は「諒陰三年言わず」とあり、言葉を発することすら慎んだので万事を宰相が決裁していたとある。

日本においては、古代律令法喪葬令儀制令に天皇の服喪規定があるものの、3日間と短く、実際にはより長期の期間行われている。記録上確認できるのは、『続日本紀』に記された聖武上皇の母藤原宮子の死去の時(母親の事例)と同じく桓武天皇の父光仁上皇の崩御の時(父親の事例)に宮中行事が中止されたことが記されている。

関連項目編集